【カンボジア訪問記2025】11日目「休日で充電!!」(2025/12/14)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

オフ日です。本当はこの日、明日から始まる予定だったバンテアイミンチェイ州での活動に向けて前泊移動のはずでした。しかし、すでにお伝えしております通り国境に近いバンテアイミンチェイ州は学校が休校になっており寄贈セレモニーを行うことができません。だから明日は別エリアの自転車クラブのパーツ補給を実施します。前泊移動は不要なので1日オフになったのです。思えば、日本を出発した4日から昨日の13日まで全力疾走で突っ走ってきましたので1日休息を・・・と思っていたのですが、色々とやることはあるもので、それらをお伝えしていきたいと思います。

さらばPちゃん。また来年。

朝6時半に出発し空港へ。そうです。今日はPちゃんがバンコクに帰る日。朝のフライトに合わせてトゥクトゥクドライバーのジョンに空港まで送ってもらいました。新しくなったテチョー国際空港。安田が到着した時は深夜だったので昼間の空港は初めて。

空港に到着しPちゃんと固い握手をして来年の再会を約束しました。お互い忙しいので本当に来年の12月まで会わないのではと思いつつ。来年は彼が陸路でやってくるステキな未来がきますように。Pちゃん、ありがとうございました!猫のPちゃんのお世話は任せておいてください!

ジョンと朝ごはん

帰りのトゥクトゥクの中で、

安田:「ニャンバーイハウイ?(ご飯食べた?)」
ジョン:「ムントアン(まだ)」
安田:「ニャンバーイハウイチアムオイクニョム(一緒に食べよう)」

ということになりました。少しずつクメール語を使う機会も増えていきました。

ジョンがお店に連れてきてくれました。

こちら「バーイサイモアン(鶏肉飯)」です。

みなさんの中には「今年の訪問記はジョンがあまり出てこないな」って思った方もいらっしゃるかもしれません。

それは12月5日にちょっとショックを受けたからです。

【カンボジア訪問記2025】2日目「EDFの皆さん、お久しぶりです!」(2025/12/05)

こちらのブログの最後の方にジョンのアパートに遊びにいく話が出てきます。ジョンの義理の息子やその奥様方とも会いたかったので。ただ去年言ったビュッフェのお店は安田がお腹を壊したので今回は「ジョンのアパートで飲みたい」とお願いしました。そこにはジョンの義理の息子チャイヤがいました。彼、いま絶賛アル中です。朝から晩までビールをあびるほど飲み仕事もきっとできていないでしょう。その彼から、

「金くれ。時計かってくれ。」

とお願いされました。ジョンはもちろん、同じく義理の息子のサーも決して言わなかった言葉。もちろん、出稼ぎでプノンペンに来てる彼らは贅沢禁物。「飲みに行こう~」って誘ったときは安田がごちそうする前提です。今回もジョンのアパートに遊びにいきましたが食べ物やビールは全部こちらが負担するつもりで行っており、そして実際にそうしました。

それはあくまで「一緒に楽しむ」ためのものです。

「金くれ。時計かってくれ。」と、言われたとき、アル中チャイヤに安田はぶちぎれました。奥さんが不憫。スヴァイリン州でおばあちゃんと暮らす二人の娘が不憫。義理兄弟のサーが不憫。そしてジョンも不憫。

「お前が働いて自分で稼いで買ったらいいやろ!時計なんか自分で買え!お前が自分で買え!」

そういって足ばやに帰ることにしました。でもジョンはホテルまで送ってくれたんです。「そーりー、酔っぱらってるから」ってお詫びしてくれました。

でも、「金くれ」、その一言は絶対言わないよねって信頼を築いてきた10年。アル中チャイヤが一言でぶっとばしたような気がして安田は沈んでいました。

だからジョンとの接触を避けていたのです。もちろんプロジェクトで忙しかったのもありますが・・・

ジョンは悪くないので、心を落ち着かせて、今日、「朝飯いっしょに食べよう」って誘ったのです。ついでに明日の夜も一緒にご飯を食べる約束をしました。

クメール語の先生と緊急レッスン

さて、ジョンとの朝ごはんの前に安田はクメール語の先生にLINEでお願いしていました。

「緊急で申し訳ないです。今日レッスンお願いできませんか?」

そう。昨日の夕食での気づきから、自転車修理クラブへのパーツ補給でも短めのスピーチをしようと思い立ったのです。なんとか自分で文章を組み立てられそうですが最終チェックと発音の練習をお願いしました。そして反復練習ようの音声ファイルの作成も。

できあがった原稿はこちら。

「ひらがなかーい!!!」って突っ込みがきそうですが、安田はまだスムーズにはクメール文字が読めません。

黒いところは見なくても喋れる。自身がない赤いところ、原稿をスマホに入れておいて明日に備えます。

先生、日曜日の朝にありがとうございました。助かりました!練習しまくります!!

本番は・・・明日です!!

ビール&マッサージ&ビール

レッスン終了後、いつものマッサージ店に行くことにしました。途中コンビニによりますと見かけない缶が・・・「何の?」
もちろんビールです。

アルコール度数8%の黒ビールです。なんで目についたかというと、宣伝のため割引セールをしていたから。これ、いつも飲んでいるアンコールビールより安かったんです。産地はカンボジアの南の果て、シハヌークヴィルのようです。カンボジアらしいデザインにしたらいいのに・・・とか思いつつ、濃い味に大満足。高かったら買わないけど・・・

さて、またやってきました。盲目者によるマッサージ店。いつも通り2時間のクメールマッサージコースをお願いしました。

部屋はこんな感じ。ベッドが3台並んでいます。ここで更衣室もなくパジャマのようなものに着替えてスタート。リンパマッサージの痛さに悶絶する2時間でした。

ホテルまでは歩いて10分ぐらいのところなので歩いて帰ることにしました。そしたら・・・

ん?日曜日でもハッピーアワーやってるの?えっずっとハッピーアワー?毎日24時間?看板の方に吸い寄せられて・・・

一人飲み開始。生2杯たいらげて1.5ドル。250円ぐらいでしょうか。満足。さてホテルに帰るとしましょう。チマチマですがやることが結構あるんです。

ありんこの巣窟発見!

作業しながら飲もうとコンビニでさらにビールを追加購入。ホテルにもどって冷蔵庫を開けてみました。実は初めて開けてみたんです。だって、これまで冷やすものなんてなかったから・・・

部屋がいつもアリだらけな理由がわかりました。冷蔵庫が巣だったみたいです。

「悪いけど、電源入れるで。寒くなるで。がんばりや」

といってスイッチオン。この文章を打っている間もずっと画面をアリが横切り、安田の腕をアリがあるきます。これで減るといいなぁ・・

お昼ごはんはビールと一緒に買ったジャックフルーツにしました。これで100円ぐらい。さすが南国。フルーツが安い!!ちなみにコンビニじゃなく市場で買ったらもっと安いです。

アンコールワット訪問のブログを追記

ジャックフルーツ昼ご飯を終えたら、ずっと気になっていたブログの追記をしました。

何かというと、12月6日の訪問記。アンコールワット、トムなど訪問したのですが時間がなくて内容を後日記載としていたので今日書いてしまうことにしました。

一応完成しました。こちらです。

【カンボジア訪問記2025】3日目「はじめてのアレを食べてみた」(2025/12/06)

晩御飯

日本でも出張のときはコンビニ飯でホテルで一人で食べるのが大好きなんですが、Pちゃんがいないから同じようにホテルで食べるようにしました。買い出しです。

こちら、焼いてほしいのを指さしてオーダー。

いい感じでしょ!ワクワクが止まりません。

冷めないうちに足早にホテルに戻り、一人宴スタート。

左から解説します。

玉ひもの黄身のところ、小さなチョリソーみたいなん、かなりあぶらっこいサラミもしくはカルパス?、豚タン(細かくスライスしてくれました)、手羽先、鳥キモ、平たいツクネ、最後が三角です。これらを缶ビール2本でチビチビ。

おいしかった!来週の土曜日か日曜日またやりたいと思います!

猫のPちゃん

安田が串焼き食べながらいい感じになってるとき、ドアの外から「にゃー」という鳴き声が。彼が来たみたいです。猫のPちゃん。人間のPちゃんは今朝バンコクに帰りました。その彼から後の世話は頼むと大量のエサを預かっています。しっかり面倒見ましょう~。Pちゃんにこの写真送ったら喜んでくれました。

さぁ、休日はもう終わりです。やりたいことリストを書いたのですが、できなかったことが2つ残りました。これは来週の土日に持ち越したいと思います。

寝不足な日々が続いていて、明日もまた早いのでもう寝ます。いま、カンボジアは18時50分。明日の出発は6時30分。たっぷり眠れそうです。

ラジオ出演告知!!

12月16日(火)日本時間18時〜

FMいずみおおつ「毎日が果曜日」にカンボジアから現地リポートで生出演します。

現在カンボジアで行っているカンボジア自転車プロジェクトの活動の様子や、現地で感じていることをリアルな声でお届けします。

視聴方法

FMいずみおおつのHP・アプリから

https://fmizumiotsu.jp/

ぜひお時間合いましたらお聴きください。

本日のまとめ

今日は予定外のオフ日となりましたが、振り返ってみると、心と頭を整えるために必要な一日だったように思います。Pちゃんを空港で見送り、ジョンとの関係をもう一度結び直し、そして明日からの活動に向けてクメール語のスピーチを準備する。

前に進むための「助走」の時間でした。

現地で活動を続けていると、人との距離感や信頼の積み重ねの難しさを突きつけられる場面もあります。それでも、逃げずに向き合い、言葉を交わし、また一緒にご飯を食べる。その積み重ねが、この国で活動を続けてこられた理由なのだと思います。

マッサージで体をほぐし、ビールで一息つき、アンコールワット訪問記を追記し、猫のPちゃんの世話をする。オフ日らしい出来事の中にも、これまで全力で走ってきた自分を整える時間がありました。そして、明日の活動に向けての準備は万端です。

国境情勢が不安定な中でも、子どもたちは待っていてくれる。だからこそ、行ける場所へ行き、できることをやり切る。その覚悟を静かに固めた一日でした。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

【カンボジア訪問記2025】12日目「うまくいかない日も前へ」(2025/12/15)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

おはようございます。カンボジア自転車プロジェクトの安田です。
今日は15日、いよいよ現地活動も2週目に入りました。

今日は2か所の自転車修理クラブへのパーツ補給です。1つはタケオ州コーアンダッテ郡にあるKRA POM CHHOUK中学校、もう1つはコンポンスプー州プノンスラッチ郡のMOHASANG中学校です。もともとこの日はバンテアイミンチェイ州にて自転車寄贈セレモニーを行う予定でしたがタイとの衝突で国境に近いこの州は危険とみなして予定を変更しました。それでも休みにしてしまうのはもったいないとEDFカンボジアが学校と連絡を取ってパーツ補給の訪問先のアポをとってくれたんです。

日付 学校 内容
2025/12/15 KRA POM CHHOUK中学校 自転車修理パーツ補給

タケオ州

Takeo

コーアンダッテ郡

Koh Andaet

MOHASANG中学校 自転車修理パーツ補給

コンポンスプー州

Kampong Speu

プノンスラッチ郡

Phnom Srouch

午前中の活動

朝食

6時30分にホテルを出発。タケオ州はとにかく遠いのです。途中、朝食タイム。

今日は「クイテウココー」にしました。クイテウはこの訪問記でも頻出の料理。ベトナムのフォーのようなもの。米麺です。ココーは昨日登場した「ノンパン・ココー」にもあった牛スジやモツを混ぜた濃いスープのことです。これらが組み合わさって「クイテウココー」。朝から濃い味ですが元気いっぱいになりました。

KRA POM CHHOUK中学校へパーツ補給(久しぶりにきた、全然ダメダメ運営の自転車修理クラブ)

学校に到着しました。子どもたちはすでに集まっていますが先生が見当たりません。

10分ほど待ったら先生が到着。なにやらヴィリャックさんと話をしています。

ヴィリャックさん曰く、「正直、去年のパーツもほとんど使えていないので今年はいりません。」と言っているそう。

そうなの?ところで自転車修理の工具や交換パーツを入れる箱は?

そう尋ねると先生は把握していない様子。

「工具や交換パーツの箱の所在もわからないのに、どうやって自転車修理クラブを運営するねん!!」

その先生は他の先生に電話で連絡をとり、所在が判明。

学校の一番端の方の倉庫。

 その倉庫の一番奥の方、ぜったい子供たちの目に触れない、そして一人では取り出せない場所に鍵も頑丈にかけられて箱はおいてありました。

パーツもすべてそのまま残っていました。

もう、なんだかやるせない。悲しい。気持ちがまったく伝わっていない。

去年も訪れて自転車修理クラブの運営方法については説明したはずなんです。
※その年は安田が帰国後にEDFカンボジアのみで訪問してくれました。
そのときの写真を確認。

ほらっ。左から3番目の先生。この先生が今日対応した先生です。

「去年、運営方法説明してなかったかな?」

いえいえ、こちら去年の写真。

ヴィリャックさんがちゃんと説明しています。本当にくやしい!!!

それで、ヴィリャックさんと相談して、自転車修理クラブを移設することにしました。

工具箱、去年の補給部品などもすべて撤収。

集まった子供も何のことか意味がわからず解散。きっと集まった子供たちは自転車修理クラブのことを知らなかったと思います。「そんな、道具や部品があったら修理したかったのに」という子供もいたと思います。

運営方法を説明するといっても年1回の訪問。全校生徒や全先生を集めて説明会を開くわけでもない。だからこうしたことが起こる。だから先生が100%悪いわけではない。私の運営方法にも問題があります。過去10年の間に3回ほどこうしたことが起こり自転車修理クラブを移設することがありました。

移設先はEDFカンボジアが選定してくれます。工具や交換用部品を有意義に活用してくれる中学校を探してくれます。今年ご支援くださった方、昨年ご支援してくださった方、個別に連絡させていただきます。本当に申し訳ございません。移設後の様子を写真やビデオに収めて子どもたちの笑顔満載の様子を必ずお届けいたします。

午後の活動

昼食

午前中唯一のパーツ補給が不発に終わり、何だか気分も沈みがちですが切り替えていきます。

今日はPちゃんも帰国していないし、ヴィリャックさん、デビットさんと安田の3人だけの食事。いつもならおかずは3品なのですが、人数が少ないので2品。

蒸し鶏

太いアスパラみたいな食感の野菜炒め

そしてこちらカンボジアのオリジナルコーラ。おなじみのコーラより刺激はマイルド。甘さが強いように思いましたが、とっても「チュガニュ(おいしい)!」

そういえばカンボジア産かどうかを見分ける方法を教えてもらいました。バーコードの数字が847で始まるものがカンボジア産の証だそうです。

MOHASANG中学校パーツ補給

昼食を終え車で2時間。タケオ州も遠ければそこからコンポンスプー州も遠い。今日が2校だけのスケジュールだったことも納得。

学校の校門前に到着。どうやら道路工事中。

でも隙間を通らせてもらっていよいよ学校の中へ。

今回は土曜日の夕食時に話し合った2つの改善点を実施。何の改善かといいますと、これが日本発のプロジェクトによる支援であることのアピールです。

1つ目はカンボジアと日本の国旗を子どもたちに持ってもらうこと。これで日本からの支援だってことがわかります。

2つ目はヴィリャックさんの自転車修理クラブの運営の説明の前に安田が短めスピーチを入れること。スピーチは短めですが、「日本から来ました。日本の友達がこの自転車修理クラブの支援をしてくれました。」というところをアピール。

そしてヴィリャックさんのいつもの自転車運営方法の説明。

ありがとうメッセージビデオの撮影。

それでは、子どもたちの笑顔あふれる写真をどうぞ!!

さぁ帰ろうと思いましたら・・・あれっさっきの工事中だった道路が・・・

土砂でせき止められている。これでは車は全く通れません。幸いまだ工事中だったので重機で作業をしていた人たちに、申し訳ないけれどあの土砂の山をどうにかしてもらえないか依頼。

即座に動いてくれました。

無事学校から脱出しプノンペンへの帰路につくことになりました。

猫のPちゃんと洗濯

ホテルに帰ると猫のPちゃんが待っていてくれました。早速人間のPちゃんが買い置きしてくれたキャットフードをあげました。口がこえてしまうんじゃないでしょうか。あと一週間足らずで安田は日本に帰ってしまいます。でも、ここの宿泊客が誰か引き継いでくれるでしょう・・・

そして洗濯。洗濯を終えて訪問記の作成開始。今ここまで書けました。これからジョンと晩御飯にいく約束になっています。これ以降は晩御飯から帰ってから書きますね。 

19時:ジョンとの食事・・・不発

ホテルに戻ったのは17時頃。洗濯やブログを書くなどして夕食の約束の時間が近付いてきました。タイとの衝突が気になるので定期的にチェックしているサイトを確認。

「ひどなっとるやないか。」

昨日、トランプさんが言う「停戦合意」。少なくともタイ側には何の効力もないようでニュースでは国境よりもより内側のエリアで戦闘機による攻撃があったようです。外国人観光客が多いから大丈夫だろうと言われていたシェムリアップ州の北部のバンテアイミンチェイ州との境あたりです。橋と難民キャンプの近くが狙われました。

ものすごい苛立ち。腹立たしい。カンボジア人の友達とFacebookでつながってるので、彼らがシェアする攻撃の様子、防空壕に非難する子どもたち、破壊された橋、飛び去る戦闘機などの動画が流れてきます。

今週の活動にも影響するでしょう。安田のイライラはマックス状態。

でも、約束だから・・・19時にホテルの入口に降りてくると、ジョンが「今から仕事(トゥクトゥク)だから5分で帰ってくるから待ってて」と言いました。

もちろんトゥクトゥクの仕事を優先してもらって構わないのです。仕事の邪魔をしてまでごはん食べに行かなくてもいい。でも5分じゃないでしょ。誰が5分で往復できるところにトゥクトゥクお願いするねん。いつもなら、「いいよ。いいよ。待ってる。待ってる。」と流せるものが我慢できなくなっていました。

無言でホテルの部屋に戻り、「もう寝るから」とだけメッセージを送りました。いっかい落ち着きたかったんです。そして本当に疲れていて眠りたかったから。

21時:ジョンとの食事・・・成立

2時間ほど眠りました。スマホを見るとジョンから何度か着信とボイスメッセージが。「そーりー」の言葉も。ホテルの前に帰ってきたよというメッセージが19時30分。「やっぱり5分ちゃうやん。もういいわ。」と無視して、バルコニーの洗濯物の乾きをチェック。そしたらホテルの前にジョンのトゥクトゥクがありました。
どうしようかと悩む。ほっとくか。でも10年付き合ってきた大切な友達。今年はなんかすれ違いが多いような気がするけど・・・1回目のすれ違いは義理息子チャイヤのせいだし、2回目のすれ違いは安田のイライラのせいだし、よく考えてみればジョンはいつも通りのジョンだったわけで・・・ホテルを出て、「ごはん行こう」と告げました。

ジョンは晩御飯を済ませたそうなので軽く・・・

一番お気軽な道端の屋台へ。でも食べるのは同じ牛焼肉。

牛赤身とモツの焼き肉です。これをつまみながらビール。

気まずい・・・話はまったく弾みません・・・といいますか、英語がよくわからないジョンとクメール語がわからない安田で話すことなどもともとないのですが。雰囲気だけで楽しんでいたのに今はぎくしゃく。

ん?クメール語がわからない・・・こともない。ジョンがしゃべりたいことは全くわからないけど、安田がわかる会話で今更ながらの質問をクメール語でしてみることにしました。

「ミアンコンポンマーンネアック(子どもって何人いるの)?」

答は知ってるんですけど・・・「4人」

娘?息子?って聞きたいけど、娘や息子のクメール語がわからない。

「バイ(3)ドーター、ムオイ(1)サン?」って英語とクメール語が混じる。

答は「バー(イエス)」

「ティムオイ(1番目)ドーター、サンインロー チャイヤ?(1番目の娘さんのダンナがチャイヤ?」

英語交じり。答えは「バー(イエス)」

「ティムオイドーター、ティピー(2番目)ドーター、ナウ プノンペン?(1番目と2番目の娘さんがプノンペン在住?」

「バー(イエス)、ティバイ(3番目)ナウ スヴァイリン」などなど。

知らないことも聞き出せました。

ジョンは4人の子供がいて、長女(ダンナはチャイヤ。ビール中毒の問題児)、次女(ダンナはサー。ナイスガイ)、三女(スヴァイリン在住。結婚して最近子供が生まれた。ダンナはシェムリアップでドライバーの仕事)、長男(名前はドン。トゥクトゥクの仕事)。長女と次女は事務員の仕事。チャイヤはビールばかり飲んでるからトゥクトゥクの仕事はあまりできていない。ジョンの奥さんは病気がち。10年前から薬ばっかり飲んでいるけどまぁ元気。

9割以上知ってること。そう、10年も付き合っていればそれぐらい知ってる。

これからも友達でいよう・・・かな・・・と思ったのでした。

「チッルイ(お勘定して)」でお会計を済ませ

「トッタウ(行こうか)」でお店をあとにしました。

なんや、おいら結構クメール語話せるやん。

ラジオ出演告知!!

12月16日(火)日本時間18時〜


FMいずみおおつ「毎日が果曜日」にカンボジアから現地リポートで生出演します。

現在カンボジアで行っているカンボジア自転車プロジェクトの活動の様子や、現地で感じていることをリアルな声でお届けします。

視聴方法


FMいずみおおつのHP・アプリから


https://fmizumiotsu.jp/

ぜひお時間合いましたらお聴きください。

本日のまとめ

現地活動2週目が始まりました。今日は本来予定していた自転車寄贈セレモニーが情勢悪化により中止となる中、EDFカンボジアの調整によって2校の自転車修理クラブを訪問する一日となりました。

午前中に訪れたタケオ州の学校では、自転車修理クラブがまったく機能していない現実を突きつけられました。道具やパーツは倉庫の奥に眠り、子どもたちの目に触れることすらない状態。支援の想いが届いていなかったことへの悔しさと同時に、「伝え方」「仕組み」の弱さを改めて反省する機会となりました。移設という判断は苦しい決断でしたが、子どもたちのために最善を尽くすための前向きな選択だと考えています。

午後に訪れたコンポンスプー州の学校では、日本からの支援であることを明確に伝える新たな取り組みを実践しました。国旗を掲げ、短いスピーチで想いを伝える。子どもたちの笑顔を見て、「改善は確実に意味がある」と実感できた時間でした。

一日の終わりは、ジョンとのぎくしゃくした時間から、少しずつ言葉を交わし、また向き合う時間へと変わっていきました。怒りや疲れ、不安定な情勢の中で心が揺れるのも正直なところです。それでも、逃げずに話し、聞き、関係を続けようとすることも、この国で活動を続けるうえで大切な一歩だと思います。

思い通りにいかないことも多い一日でしたが、だからこそ見えた課題と学びがありました。明日もまた、できる場所へ行き、できることを一つずつ積み重ねていきます。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

【カンボジア訪問記2025】13日目「信頼がつながる現地活動」(2025/12/16)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

おはようございます。カンボジアジ自転車プロジェクトの安田です。本日の活動エリアはコンポンチュナン州です。2つの郡でそれぞれ2校ずつ、計4校の自転車修理クラブへパーツ補給を行います。

日付 学校 内容
2025/12/16 TRAPAING CHAN中学校 自転車修理パーツ補給

コンポンチュナン州

Kampong Chhnang

 

バリボー郡

Baribo

ROVIENG CHUM中学校 自転車修理パーツ補給
KIRISOVANVONG中学校 自転車修理パーツ補給

ロレアビア郡

Rolea B’ier

BUN RANY HUN SEN ROLEAR BIER中学校 自転車修理パーツ補給

午前中の活動

今日は4校全部午前中で回ります。「じゃあ、午後は他も回ったら?」という方もいらっしゃるかもしれませんが・・・コンポンチュナン州、もう行けるところは全部行きました!早めにプノンペンに戻れるのは午後に控えたラジオ生出演にちょうど都合がいいのです。電波状況なども色々ありますので。

朝食

コンポンチュナン州に向かう途中、朝食タイム。今日は「骨付き牛肉の米麺」にしました。「クイテウ・チュアンオッ」というのだそうです。骨付き肉は食べにくいけどおいしいんです。そして、やっぱり朝はクイテウの温かいあっさりスープがおいしい!

TRAPAING CHAN中学校での支援活動

1校目の学校に到着しました!

自転車が大量に!どんどん修理して毎日学校に通いましょう!!あっという間に交換用パーツもなくなりそうです。

ヴィリャックさんからの説明の前に安田のミニスピーチ。昨日から始めた取り組み。少しずつ慣れてきました。

そして、ヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営方法についての説明。先生も含めてみんなで書いてあることを読み併せて共通理解を図ります。

そして、ありがとうメッセージビデオの撮影。

それではいつもの締めくくり。子どもたちの笑顔あふれる写真をどうぞ!

   

ROVIENG CHUM中学校での支援活動

2つ目の学校に到着しました。

こちらにも大量の自転車が。

まずは安田のミニスピーチから。だんだん笑いのとれるところもつかんできました!やっぱりスピーチは面白くないと!

そして、ヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営。すごくスムーズにものごとが進んでいきます。それはこちら側の息が合っていることもありますが、先生方の協力があり、子どもたちも進んで行動してくれます。それはどうしてかというと、1つはコンポンチュナン州だから。それはEDFカンボジアが一番長く活動しているところ。学校との信頼関係も厚く、私たちが何をしに学校を訪れるのかも把握してくれているからです。これまでEDFカンボジアが積み上げてきたものに感謝。

ありがとうメッセージのビデオ撮影。

最後に笑顔あふれる子どもたちの写真をどうぞ。

     

KIRISOVANVONG中学校での支援活動

続いて3つ目の学校に参りました。こちらの学校、自転車クラブができたのは2023年なんですが歴史は結構古いです。どういうことかといいますと最初に設立されたのは2017年なんです。ただ場所が異なっていてカンポット州のROLUOS中学校というところでした。そこが自転車修理の需要が減ったため先生の希望により2021年に移設。その先は同じ州内のANG BREI中学校。ここも移設となって2023年に現在のKIRISOVANVONG中学校となりました。なんだか落ち着かないですが、必要としている子どもたちのもとへ自転車修理クラブを提供することが大切です。

安田のミニスピーチ。「日本の友達がこの自転車修理クラブを支援してくれました。自転車を修理して毎日学校に行ってくださいね」

ちなみに前述のミニスピーチの笑いポイントは最初。

「ソームスダッネアックテアンオックニア(皆さん、話を聞いてください。)」

と、言ったとき、男子は「バーッ(はい)」、女子は「チャー(はい)」といいます。そう、カンボジアは男子女子によってYesの言葉が異なるのです。ここですかさず笑顔で「チャー」と言い返すと、普通は男子は言わない言葉なので笑いが起きるわけです。

10年かけて編み出した鉄板の笑いネタ。マネしてもいいですよ~カンボジアでしか通じないですけど・・・

そして、ヴィリャックさんの自転車修理クラブの運営方法の説明。

ありがとうメッセージビデオの撮影。

ヴィリャックさんが先生と何か話しています。内容はまったくわかりません。こうしたコミュニケーションも大事。会った数、話した時間で信頼関係は深くなっていくものです。

では、お待たせしました。子どもたちの笑顔の写真をどうぞ!!

BUN RANY HUN SEN ROLEAR BIER中学校での支援活動

いよいよ4校目に到着しました。

いつも通りスタートは安田のミニスピーチから。

あれっ、写真が無いな・・・デビットさん撮り忘れたかな・・・もしかして・・・

コピーしたデータの中身を見ると動画ファイルがありました。デビットさん、動画で撮ってくれていたみたいです。折角ですからYouTubeに掲載しますのでご覧ください。

どうです?楽しそうでしょ!!

続いてヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営方法の説明。

最後にありがとうメッセージビデオの撮影です。

ではこどもたちの笑顔の写真をどうぞ!

これで今日の活動は終了です!

午後の活動

午後の活動といいましても現地活動は午前で完了しましたので昼食を食べてプノンペンに戻ることにしました。

昼食

トライチアン(揚げ魚)とノンバンチョック(カンボジアの素麺)。

こちらスガオッチュロッモアン。スガオッっていうのはソムロって言うこともあるんだけどスープのことです。チュロッは酸っぱい?ちょっと自信がありません。モアンは鶏肉。だから「鶏肉の酸っぱいスープ」ということになります。カンボジアではお昼に頻繁にスープが出てきます。お出しが出てておいしいですよ。暑い国でも熱いスープを飲む。冷たいものばかりだと胃が疲れてしまいますから。

洗濯と猫のPちゃん

さて、ホテルに戻ってきました。まずは早速洗濯。

洗濯は溜めないように。明日から1泊2日旅なのでしっかり乾かしておきます。

色々しているとドアの外から「にゃー」の声が。猫のPちゃんが来たようです。人間Pちゃんの買い置きのキャットフードを上げました。いつも2つ。3つは食べすぎ。少し足りない方がいい。胃袋大きくなったらあとがしんどいからね。

ラジオに出演

プノンペンにお昼の3時ごろ帰ってきました。今日は4時(日本時間の18時)からFMいずみおおつ「毎日が果曜日」にてカンボジアから現地リポートで生出演する予定です。電波状況が良いところで出演時間になってよかったです。ラジオでは15分ほどプロジェクトのこと、クラウドファンディングのこと、現地の様子、マラソンのこと、そしてタイとの衝突のことなど色々お話しさせていただきました。

ラジオを聞いていただいた方、ありがとうございました!

 

吉川さん登場。そして夕食

ラジオ出演を終えた後、今日から合流する予定の吉川さん(詳しいプロフィールは明日ご紹介いたします。)に到着時間などを問い合わせ。日本を出発しプノンペンのテチョー国際空港につくのが20時。ホテル着は21時ぐらいとのことで・・・

「空港まで迎えに行こう!」

と、思い立ったのです。というのも吉川さんはご自身が支援されている自転車修理クラブの学校の子供たちにプレゼントを持参されていて大きな荷物があります。Grabなどで呼べる小さな三輪トゥクトゥクより昔タイプの大きな方がいいと思い立ちました。

さっそくジョンにメッセージで「今晩、空港いける?」と問い合わせ。返事がないなぁと思っていたところホテルの前に義理息子のサーを発見。サーにお願いしたら快諾。ジョンには「サーに頼んだから大丈夫。」ってメッセージを送信。19時に出発することになりました。それまで1時間ほど・・・ちょっとウトウト。

起きたらジョンからメッセージが入っていました。

「行けるよ。サーじゃなくておいらがつれていく。」

おいおい、義理息子の仕事取らないで・・・と思っていたら次のメッセージで、

「やっぱり行けないからサーに連れて行ってもらって。」

なんやねん。やっぱり今年はインケツ。ジョンとはずっとすれ違っているような気がします。

さて、19時の5分前。サーはホテル前でスタンバイ。さぁ出発。空港まで1時間。吉川さんの到着を待つのが30分。そしてホテルに戻るのが1時間。吉川さんとホテルに着いたのが21時30分ほどでした。

吉川さんのチェックインを済ませ、少しだけごはんを食べに行くことに。

ホテル近くのいつものレストランで乾杯。頼んだ料理は・・・

野菜の揚げ餃子。

エビの生春巻き。

1時間ほど色々お話してホテルに戻ってきました。Pちゃんにしろ吉川さんにしろ、話を聞いていると色々と面白いです。吉川さんはお仕事などの関係でここ数カ月でインドに行ったり、オーストラリアに行ったり、中国に行ったり。精力的に何かを見たり誰かにあったり。すごいバイタリティ。

安田がカンボジア自転車プロジェクトに費やした10年。Pちゃんや吉川さんら2人が同じことやってたらもっと色々広がってるんやろうなぁと感じつつ、まぁ自分のできることを一生懸命やるだけやと思ったり。そんなことを思いながら過ごした時間でした。

明日からは一泊二日のキャラバン隊。たくさんの自転車修理クラブへのパーツ補給。しっかりがんばります!!

本日のまとめ

今日はコンポンチュナン州で4校の自転車修理クラブを訪問し、すべて午前中でパーツ補給を行いました。長年活動を続けてきた地域だからこそ、学校・先生・子どもたちとの連携もスムーズで、これまで積み上げてきた信頼の大切さを改めて実感する一日でした。

また、日本からの支援であることを伝えるミニスピーチも少しずつ定着し、子どもたちの反応や笑顔に手応えを感じています。午後はラジオ生出演を終え、昨年に続いて参加してくださった吉川さんと再会。

明日からは一泊二日のキャラバン隊。気を引き締めて、引き続き一つひとつ丁寧に取り組んでいきます。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

 

【カンボジア訪問記2025】14日目「支援とご縁が広がる一日」(2025/12/17)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

おはようございます。カンボジアジ自転車プロジェクトの安田です。本日の活動エリアはコンポンチュトム州です。2つの郡でそれぞれ計3校の自転車修理クラブへパーツ補給を行います。

の予定でしたが、あんがいスムーズに終わったので明日の予定だったシェムリアップ州でのパーツ補給を前倒しで行うことにもなりました。ただ急な予定変更だったので3校のうち1校が不発。そのあたりも本文にてご紹介いたします。

日付 学校 内容
2025/12/17 MRAK 中学校 自転車修理パーツ補給

コンポントム州

Kampong Thom

 

プラサットバラン郡

Prasat Balangk

PRASAT BALAING中学校 自転車修理パーツ補給
PREY PREAL中学校 自転車修理パーツ補給

コンポンスヴァイ郡

Kampong Svay

CHI KRAENG中学校 自転車修理パーツ補給

シェムリアップ州

Siem Peap

 

チクレン郡

CHI KRAENG

KEAN SANGKAE中学校 自転車修理パーツ補給

ソートニクム郡

Sout Nikom

KHCAS中学校 自転車修理パーツ補給

午前中の活動

まずは猫のPちゃん

今日から1泊2日のキャラバン旅なので猫のPちゃんに朝ごはんを多めに投入。いつもはキャットフード2つなんですけど今朝は3つ。これで明日の夜まで頑張ってしのいでほしい!!

ホテル前にて

朝7時にホテルでピックアップしてもらいました。吉川さんとEDFカンボジアのメンバーは一年ぶりの再会。

短めの挨拶のあと、吉川さんが持ってきた子どもたちへのプレゼントを車に積みます。交換用パーツらとともに荷台はパンパンです。

朝食

本日の活動エリアはコンポントム。これまでのコンポンチュナンより遠方なのでどんどん車を走らせ途中のストゥンという街で朝食となりました。こちら、クイテウチュアンソッサイチュルーク。チュアンソッというのは骨付き肉という意味だそうで、サイチュルーク(豚肉)ですから豚の骨付き肉の米麺ということになります。昨日も食べた定番化しつつあるメニューです。

MRAK 中学校での支援活動

Mrak中学校に到着しました。こちらは本日より同行された吉川さんの会社「株式会社スリート」が支援している自転車修理クラブです。

昨年も訪れた吉川さん。去年はサッカーボールやバレーボールセットをプレゼントに持参され、今年はバトミントンセットをプレゼント。

先にメッセージビデオを撮影。吉川さんにも入ってもらいました。

そして、安田の短めスピーチ。

最後にヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明です。

では最後に子どもたちの笑顔の写真をどうぞ。

        

タイとの衝突で吉川さんがMrak中学校に来られるか不安だったのですが問題なく訪問できてよかったです。

PRASAT BALAING中学校での支援活動

2校目に到着しました。

先にメッセージビデオを撮影。今回は撮影の後ろ側。カメラを構えるデビットさんとメッセージ内容を説明するヴィリャックさんも入れての写真です。

そして、安田の短めスピーチ。

最後にヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明です。

では子どもたちの笑顔の写真をどうぞ。

午後の活動

昼食

 

12時を過ぎましたのでお昼。お昼休みは子どもたちが学校にいないので無理にスケジュールを詰めず3校目はお昼休みの後にしました。
昼食を取る  レストランでは次に訪問する学校の先生が待っておられ食事をご一緒することになりました。

揚げ魚の甘酢餡と牛肉と野菜の炒め物

鶏肉の酸っぱいスープ

そして空心菜。今日はチャンディさんと先生も人数に加わっているでおかずが4品。それでも多い・・・できる限り胃袋のなかに詰め込みました。

PREY PREAL中学校での支援活動

3校目に到着しました。

大量の自転車。自転車修理クラブでたくさん修理しながらがんばって通学してほしい!!

まずは補給パーツの確認。工具箱、かなり使い古してますね!!中身は工具以外からっぽでした!!

先にメッセージビデオを撮影。

そして、安田の短めスピーチ。

最後にヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明です。

帰り際に少しだけクメール語でおしゃべり。もっと喋られる言葉を増やしたいと思う今日この頃です。

では子どもたちの笑顔の写真をどうぞ。

自転車修理クラブへのパーツ補給は慣れたもので各自がそれぞれの役割を果たし流れも理解しているのでとってもスムーズ。
今日の3校のパーツ補給は滞りなく完了いたしました。

そこで、明日予定のシェムリアップ州の学校もできるだけ回ることにしました。急遽学校の先生に連絡。

CHI KRAENG中学校(不発・・・)

前倒し1校目に到着しました・・・が、不発。というのも先生と生徒さんは準備してくれたのですが校長先生が不在。校長先生は不在でもいいのですが自転車修理のツールボックスを保管している鍵を校長先生が持ってるとのこと。残念ですが予定していた明日に再度訪問することになりました。

KEAN SANGKAE中学校での支援活動

シェムリアップ州2校目に到着しました。こちらはいけそうです!!よかった!!

まずメッセージビデオを撮影。

そして、安田の短めスピーチ。

ヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明です。

では子どもたちの笑顔の写真をどうぞ。

        

KHCAS中学校での支援活動

シェムリアップ州3校目に到着しました。こちらも問題なさそう。急な予定変更にもかかわらず対応してくださった先生、生徒の皆さんありがとうございます。

たくさんの自転車!!いっぱい修理してね!!そしてがんばって学校通ってね!!

デビットさんのかっこいい後ろ姿とともに。まずはメッセージビデオを撮影。

そして、安田の短めスピーチ。

ヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明です。

では子どもたちの笑顔の写真をどうぞ。

           

これにてタイムアップ。17時になると子どもたちの帰りが遅くなるので次の学校に行くのは明日となりました。

プノンペンを出発して遠い遠いコンポントム州とシェムリアップ州で計5つの自転車修理クラブへパーツ補給。上出来です!!運転手さん、EDFカンボジアの皆さん、本当にお疲れさまでした!!

夕食

本日の行程を終えてホテルにチェックイン。30分ほど休憩して夕食にでかけました。去年も訪れたレストランです。

パーツ補給の間、チャンディさんは別のお仕事のためご一緒できませんでしたので久しぶりな感じ。だからたくさん話も弾みました。その前に料理のご紹介。

牛肉の串焼き。間は玉ねぎとピーマン。先っちょはトマトです。

こちらウナギの炒め物。以前食べた時は少し匂いが気になりましたが、さすがはシェムリアップのいい感じのレストラン。味もいい感じでした。ウナギを食べるとき必ず話題になるのが「日本のウナギはとっても高い」というお話。もちろん貴重であることもそうですが、職人さんの調理の腕なども加わっての値段。特別なときに食べるウナギはいかに安田が大好きなカンボジアのウナギ料理であったとしても日本のウナギの勝ちなのでした。

こちら、魚のマリネ風サラダ。生でもなく・・・いい感じの火の通し加減の魚とお野菜のミックスがとてもあっさりしておいしかったです。

ひっくり返っていてすみません。ブログ書いている時間が・・・時間なので画像を回転させる余力もなく・・・ゆで豚っぽいのと野菜のサラダです。

そして・・・今日の夕食の特別なこと。

それは、シェムリアップでいつもお世話になっている日本語ガイドのKAMPU JHCとEDFカンボジアのマッチングです。

同行いただきました吉川さんは安田と同じく去年「香草ピーナッツ」にドハマりしました。安田がアンコールワットのマラソンを走ったときにガイドさんに写真を見せて香草ピーナッツを手に入れることができました。今回予定がぐるぐる変わって今日シェムリアップに泊まることになったので吉川さんに「去年のピーナツいります?」と聞いて「いる」という回答でしたのでKAMPU JHCに「今日の今日お願いで申し訳ないですがピーナッツ500グラムを2つ、シェムリアップで食事をしているレストランに届けてもらえませんか?」と依頼したのです。それは吉川さんからの依頼もそうですが、もう1つの思惑が。それはEDFカンボジアとのマッチングです。
私はKAMPU JHCのガイドの皆さんのガイド力・日本語力・ホスピタリティに惚れ込んでいまして、カンボジアに来るすべての日本人は全員KAMPU JHCにガイド・通訳を依頼すべきと思っています。EDFカンボジアはたくさんの日本からの支援プロジェクトの関係で日本からのスタディツアーを受け入れたり、ツアー後の観光で日本語ガイドが必要になったりすることがあります。そこをつなげたかったのです。EDFカンボジアにしても「カンボジアに来てよかった!」と思ってもらえることは支援のリピートにつながりますから。

というわけで、KAMPU JHCのお二人にピーナッツを届けてもらいつつ少しだけ宴席に加わっていただきました。よいご縁になりましたらと切に願っております。

その後も安田はビールとおいしいクメール料理を堪能しつつ・・・まだまだ飲んでいたいのですがEDFの若手2名がもう箸もグラスも止まったままだったのでここまでとしました。

夕食でのチャンディさんとの話

ビールの酔いもあってかチャンディさんとは色々な話をしました。チャンディさんは1970年代のクメールルージュの悲しい歴史を生き残った人です。そこからカンボジアは少しずつ復興してきた。立ち上がってきました。そして今回のタイとの衝突。ずっと支援を続けてきたチャンディさんだから今回のことは憂慮していることは間違いないのですが、子どもたちの教育支援をしている我々にこの衝突を止める力もノウハウも皆無です。でも、私たちは知っているのです。特効薬は持っていないけれど、いつの時代も必要なのは子供への教育。こんな衝突ぐらいで子供たちへの支援の手は止めない。続けられることを続ける。ずっと続ける。「子どもたちへの教育機会の提供により、よりよいカンボジア、よりよい世界を目指す」という明確で単純な理念を安田とEDFカンボジアは共有しています。そのことを今回の衝突で再確認。何もやることは変わらない。昨日も今日も明日も子どもたちが通学できるように自転車や修理用パーツを配るだけなのです。そんなことをときおり冗談を交えながら話してました。

吉川さんと2次会

楽しい宴が終わりホテルへ戻ってきました。部屋に戻ってブログを書こうかと思っていたのですが・・・「もう少し行きます?」と吉川さんを誘ってみました。もっと話がしたいとか、もっと楽しみたいとか、そういうのではなく、本当に何となくなのですが・・・安田の方からそう誘うのはたぶん1年を通して1回あるかないか。そんな貴重なお誘いだから、落ち着いてしっぽりウィスキーを傾けながら・・・と思っていたのです。でも・・・徒歩圏内にない。トゥクトゥク乗るのも面倒・・・そして行き着いたのが・・・

タピオカドリンク屋さんでした。さすがシェムリアップ。おしゃれ~
おしゃれ、最先端に敏感なイケメンおやじが二人でタピオカです。いい感じでしょ。ベストジーニストならぬ、ベストタピオカニストに選ばれてもいいぐらい。

タピオカをストローで吸いながら色々は話をしました。吉川さん、タピオカごちそうさまでした!!

本日のまとめ

今日はコンポントム州からシェムリアップ州まで移動し、予定を前倒ししながら計5校の自転車修理クラブへパーツ補給を行いました。急な変更の中で不発となった学校もありましたが、多くの先生や子どもたちが柔軟に対応してくださり、支援が現場に根づいていることを改めて実感する一日でした。

また、昨年に続き参加してくださった吉川さんと支援校を訪問し、継続して関わってくださる方がいる心強さを感じました。夕食ではEDFカンボジアの皆さんと語り合う中で、日本語ガイドチーム「KAMPU JHC」とのご縁をつなぐ機会も生まれ、支援を取り巻く環境が少しずつ広がっていることを感じました。

困難な状況にあっても、子どもたちへの教育支援を止めない。できることを、できる形で、続けていく。その思いを再確認し、明日も現地活動に向かいます。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

【カンボジア訪問記2025】15日目「迷いながらも支援を続ける日」(2025/12/18)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

おはようございます。かンボジア自転車プロジェクトの安田です。本日の活動内容をお知らせいたします。今日はシェムリアップ州の4つの学校を訪問しパーツの補給を行います。昨日6つあるうち2つ訪問できましたので今日は残りの4つです。今日も以前のタケオ州での出来事と同じく腹立たしいトラブルが1件ありました。それは後ほどお知らせいたします。

日付 学校 内容
2025/12/18 HUN SEN PREY CHROK中学校 自転車修理パーツ補給

シェムリアップ州

Siem Peap

プオク郡

PUOK

SOR SOR SDOM中学校 自転車修理パーツ補給
DOUN TRO中学校 自転車修理パーツ補給
CHI KRAENG中学校 自転車修理パーツ補給

チクレン郡

Chi Kraeng

午前中の活動

朝食

ホテルを7時30分、いつもよりゆっくりめに出発。

今日の朝食もいつもの麺類ですが今日は卵麺タイプのものにしました。上にのっているのは「全部のせ」のような感じで豚肉、エビ、練り天などてんこ盛り。それらのお出しがでたスープも抜群で大満足。朝からガッツリいってしまいました。

そしてこちらはEDFカンボジアの若手二人。左が主に撮影係のデビットさん。右がデビットさんの先輩でもあり現場を取り仕切るヴィリャックさんです。彼らも色々なメニューをいつも頼むのですが今日はバーイサイモアン(鶏肉ごはん)でした。

補給パーツの受け取り

いつもなら朝食のあとは学校へ直行ですが今日は宅配便のステーションに先にいきました。といいますのも補給用パーツは結構かさばるので車の中に積める量はせいぜい4~5校分。昨日今日と一泊二日のキャラバン隊なので昨日の分は車に積んでいたものの今日の分がありません。
そんなときはカンボジア各地に営業所がある宅配便の近くの営業所に荷物をプノンペンから予め送っておきます。それを受け取りにいったのです。

頑張って車に積み込んで・・・パンパン。いざ出発です。

HUN SEN PREY CHROK中学校での支援活動

1校目に到着しました。

何台あるねん!!!っていうぐらい自転車が並んでいます。そしてとってもきれいに並んでるのでとっても爽快。気持ちがいい!!!

こちらの学校は2021年に自転車修理クラブが設立されました。その年はコロナのパンデミックの真っ最中なので安田は渡航がかなわずEDFカンボジアのみで現地活動を行った年でもあります。

ありがとうメッセージビデオの撮影。

安田のショートスピーチ。

ヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明。

いつもの流れです。最後に子どもたちの笑顔あふれる写真をどうぞ!!

SOR SOR SDOM中学校での支援活動・・・が、できず

2校目に到着しました。

こちらの学校も自転車がたっぷり!!

 

先生とヴィリャックさんが何かお話をしたあと、チャンディさんに何かを伝え、すまなさそうな顔でこっちに近づいてきました。

もしかして・・・・

「安田さん、去年支給したパーツがまったく使われていません。」

やっぱり。

チャンディさんも少し怒り気味。学校の先生に何か言っています。

数日前のタケオ州でも1校同じことがありました。

残念ながら移設を決定。工具と去年補給したパーツ、そして今年補給する予定だったパーツを引き上げます。車はさらにパンパン。

こちらの学校にご支援いただいた方、本当に申し訳ございません。必ず有意義に自転車修理に使ってくれる学校にバトンタッチさせますので。

そしてこの学校の子供たち、ごめんなさい。自転車を修理させてあげられなくて。

終始笑顔だったこの先生が悪い。そして活動趣旨が伝わらなかった私たちにも落ち度がある。何か対策を考えなければ・・・

DOUN TRO中学校での支援活動

  3校目に到着しました。

気分を切り替えて参りましょう。こちらの学校の工具箱はかなり使い古されてきました。中身の交換用パーツは空っぽ。新たなパーツ補給でたくさんの自転車が復活しそうです!!

ありがとうメッセージビデオの撮影。

 

安田のショートスピーチ。

ヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明。

最後に子どもたちの笑顔あふれる写真をどうぞ!!

午後の活動

CHI KRAENG中学校での支援活動

4校目。本日支援する最後の学校に到着しました。こちら昨日前倒しで訪問して残念ながら空振りだった学校です。

が、子供たちがいません・・・・それもそのはず、12時を過ぎてしまったので午前の部が終了。子どもたちはいったん帰ってしまいました。
そして今日は木曜日。チャンディさんによると午後の部はないのだそうで、ありがとうメッセージビデオの撮影や写真撮影等のために子どもたちが再登校してくれました。ありがとう!!

ありがとうメッセージビデオの撮影

安田のショートスピーチ。

ヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明。

最後に子どもたちの笑顔あふれる写真をどうぞ!!

 

終了後、子供たちは自転車で足早に帰っていきました。たくさん修理して毎日学校に通ってね!!

昼食

本日の行程が終わりプノンペンに戻ります。途中のレストランで昼食。

魚の揚げ物。カンボジア語では「トライチアン」。

鶏肉の炒め物。これは「チャー(炒める)サイモアン(鶏肉)」でいいのかしら。

そして川魚の酸っぱいスープです。「ソムロー(スープ)トライ(魚)」です。

定番のクメール料理ばかり。食べながら吉川さんとおしゃべり。

カンボジア料理、おいしいけど骨だらけ。あまり食べやすさは考えてないのかな・・・毎食手がベタベタになっちゃいます。まぁ洗えばいいんだけれど。

いざプノンペンへ

さぁ、いざプノンペンへ向かいます。シェムリアップからプノンペン。冒頭の地図を見てもらってもお分かりの通り遠いのです。距離にして400キロ弱。だから・・・車の中でブログここまで書きあげちゃいました。

と、いいますのも吉川さんの提案で帰ったらプノンペンのハードロックカフェに行ってみようということになりました。吉川さんはハードロックカフェが大好き。だから安田を連れて行ってくれるんだそうな。ちなみに安田は日本国内はもちろん海外でもハードロックカフェは初めて!!今からとっても楽しみです。(ここまで車のなかで記載)

ホテル到着と猫のPちゃん

ホテルに到着したのは夜7時過ぎ。やっぱりシェムリアップ州はプノンペンから遠いのでした。ドライバーさん本当にお疲れさまでした。

洗濯したかったので吉川さんには8時に集合でお願いをしましていざシャワー&洗濯タイム。

と思っていましたら猫のPちゃんが階段のところで待っていてくれました。昨日の早朝にエサをたっぷり上げました。この2日間無事に過ごしていてくれたみたいです。

猫のPちゃん、片目がちょっと悪いみたいなのと前足の片側もどうも不便そうです。あと数日でPちゃんともお別れですが無事に何とか生き延びてほしいものです。

吉川さんとハードロックカフェPhnom Penhへ

さて、吉川さんと8時に待ち合わせしてGRABを使ってハードロックカフェのプノンペン店へ。ホテル前にはジョンもいて、「どこ行くの?」と聞かれたので「晩御飯食べに行くねん」と答えました。普段ならジョンのトゥクトゥクに乗っていくのですが、吉川さんがGRABで予約してくれましたので、その好意に逃げました。吉川さんからは「ジョンのトゥクトゥクでなくていいんですか?」とお気遣いいただきました。けれど、安田は「いいんです。すみません。」と返答。残り3日となったカンボジア滞在時間。関係修復に至るといいのですが来年まで持ち越してもいいです。安田は少しへそを曲げてましてジョンと距離を置きたい気持ち。面倒くさいやつですみません。

で、GRABを使って数分でハードロックカフェに到着。ネオンサインがワクワクをマックスに!!でも、でも・・・すみません。「PHNOM PENH」の字が切れてる・・・安田のセルフィ大失態。

でもよかったです。席について乾杯のところを店員さんにばっちりPHNOM PENHの文字も入れて写真撮ってもらいました。大ジョッキで乾杯!!

で、吉川さんおススメのメニューをオーダー。最初に来たのはナチョス。一口食べて・・・実は涙が出ました。あっ・・・チーズ・・・しょっぱい・・・ジャンキー・・・これや・・

カンボジアに来てまでナチョスなんて。ローカル料理食べたらいいのに・・・と思う方も多数いらっしゃると思いますが・・・クメール料理を食べ続けてナチョスを食べて気がつきました。

「クメール料理に足りないのはジャンキーさ」でした。

そういえばチーズって無いな・・・ということに気が付き、ナチョスのあまりにもおいしさとジャンキーさに感動。

そして、吉川さん曰くローカル食が出る肉料理。確かに・・・これはジョンといくBBQ屋さんの牛焼肉と同じ味が・・・

ちなみに色々な国のハードロックカフェを渡り歩いている吉川さん。今まで行ったなかではホノルルのステーキが特においしかったのだとか。さすがステーキの本場アメリカです。

そのまま話は吉川さんのルート55ロングドライブのことなど色々な方面に飛び交いました。吉川さんが集めてこられた数々のハードロックパフェのピンバッチのコレクションのことや、そのコルクボードがいまや奥さんのミャクミャクグッズに浸食されていることなど。事業のことなど真面目な話や安田の今後のことなど、色々と話をさせていただきました。

ずっと思っていましたのは吉川さんとPちゃんのマッチング。来年は重なる日程が1日でもあるとおもしろい化学反応があるのではと期待。

ホテルに帰ると・・・

また猫のPちゃんがにゃーにゃー鳴いております。そうか、お腹空いたか~禁断の夜食いくかーとキャットフードを1つ投入。おいしそうに食べておりました。その姿を見ながら、今日も1日終わったな。2025年のカンボジア旅もそろそろ終盤。数々のイベント、ToDoリストもいよいよ終盤であることにしんみりしていました。

本日のまとめ

本日はシェムリアップ州の4校を訪問し、自転車修理クラブへのパーツ補給を行いました。

そのうち1校では、昨年補給したパーツが使われていないという残念な事実が判明し、やむなく移設を決断することになりました。子どもたちに直接支援を届けられなかった悔しさと、活動の想いが十分に伝わっていなかった反省が残る一日でもありました。

一方で、他の学校では修理を待つ自転車が並び、パーツ補給によって再び通学できる環境が整っていく様子や、子どもたちの変わらない笑顔にも出会うことができました。うまくいかない場面があっても、だからこそ一つひとつの活動の意味を見つめ直し、より良い形を考え続ける必要があると強く感じています。

長距離移動を終え、吉川さんと過ごした夜のひとときや、変わらず迎えてくれる猫のPちゃんの姿に、少し肩の力を抜く時間もありました。

良いことも、悔しいことも含めて、これが現地活動のリアルです。

残り少ない滞在期間も、子どもたちの「通学の当たり前」を守るため、できることを一つずつ積み重ねていきます。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

 

 

【カンボジア訪問記2025】16日目「演じ続けた2週間の終わり」(2025/12/19)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

おはようございます。かンボジア自転車プロジェクトの安田です。本日の活動内容をお知らせいたします。12月4日に日本を出発し、8日からスタートしたカンボジア自転車プロジェクトの現地活動。色々ありましたが本日19日が最終日となります。

今日はポーサット州の2つの学校を訪問しパーツの補給を行います。

「2つだけ?」

そうお思いかもしれません。そう2つだけです。自転車修理クラブのうち、危険だからという理由でプレアヴィヘア州とバッタンバン州には近づかず。残りのほとんどのクラブを回ってしまったのです。地図の左上にあるバンテアイミンチェイ州では自転車100台の寄贈と新たな自転車修理クラブ2つの設立を予定していましたが、一番国境に近いところですのでもちろん訪問は中止。チャンディさんと学校の先生が連絡を取り合ってくれていますが今のところバンテアイミンチェイ州で行えるのか、場所を変えるのかも未定です。もちろん、どちらにしろ安田が帰国してからの話ですが。決まり次第皆様にもこちらのブログでお伝えいたします。

日付 学校 内容
2025/12/19 SNAM PREAH中学校 自転車修理パーツ補給

ポーサット州

Pursat

バカン郡

BAKAN

KOM PENG中学校 自転車修理パーツ補給

プノンプラバン郡

PHNOM KRAVANH

午前の活動

猫のPちゃん

朝色々と準備をしていましたら扉の向こうから「にゃー」と鳴き声が。猫のPちゃんが来たようです。人間のPちゃんが買い置きしてくれたキャットフードももうすぐ品切れ。明日買い足そうかなぁ。すっかり口が肥えてしまった猫のPちゃん。煮干しとかじゃ満足しないよねぇ・・・

朝食

朝7時にピックアップしてもらい北上。今日の目的地プーサット州に向かいます。途中レストランで朝食。

今日は活動最終日なのでちょっと贅沢して色々な具材がミックスでのっているクイテウにしました。それぞれの具材のうまみがスープに溶け込んでとってもおいしかったです!

SNAM PREAH中学校での支援活動

本日1校目の支援先、SNAM PREAH中学校に到着しました。こちらの学校は去年自転車修理クラブができたばかり。去年はこのプーサット州に2つ。そしてバッタンバン州に3つの自転車修理クラブができたのでした。バッタンバン州の方は国境に近くタイとの衝突が心配なので訪問は断念。収束したらEDFカンボジアが行ってくれることになっています。

校門をくぐると生徒たちがこちらを見ています。これは・・・楽しい楽しいおしゃべりタイムか!?

「クニョム チョン ニジェイ ピアサークマエ チアムオイ クモイクモイ(皆さんとクメール語でお話ししたいのですがいいですか?」から始まり、名前や年齢、好きな色や教科、カンボジア料理のことなどたどたどしいクメール語で楽しいおしゃべり。ついでにCan you speak English?から手を挙げた子と英語でもコミュニケーション。「言葉が通じるってとても楽しい!!」を改めて実感したのでした。

そしてパーツ補給へ。パーツ補給の手順はいつもと一緒。

ありがとうメッセージビデオを撮影。

安田のショートスピーチ。

そしてヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明です。

そのあと、先生からの提案でみんなで記念写真を撮ろうということに。職員室らしき部屋にみんな集まって記念撮影。

こんなふうにウェルカムな雰囲気で迎えてくれる学校とは良好な関係ができそうです。

では子どもたちの笑顔の写真をどうぞ。

KOM PENG中学校での支援活動

2校目のKOM PENG中学校に到着しました。時間は12時を少し過ぎてしまい午前の部の子供たちはすでにいません。これは1時まで待つのかな・・・と思っていましたら少しずつ子どもたちが学校に帰ってきてくれました。ありがとうメッセージビデオや写真の撮影のために集まってくれてありがとう!!では、手際よく始めて参りましょう!!

自転車ツールボックスの中はわずかな部品が残っているだけ。有効に活用してくれているみたいです。

ありがとうメッセージビデオを撮影。

安田のショートスピーチ。

そしてヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営の説明です。

そのあと、こちらの学校でも先生からの提案でみんなで記念写真を撮ろうということに。プーサット州がそういうホスピタリティ溢れるエリアなのかこの学校が温かいのか。どちらにせよ歓迎してくれるのはうれしい!!これからもどうぞよろしくお願いいたします。

では子どもたちの笑顔の写真をどうぞ。

午後の活動

昼食

今日の活動は午前の2校だけで終了です。プノンペンに向かう前にお昼ご飯を取ることになりました。

野菜サラダ。

塩魚が入ったオムレツ。

川魚の焼き魚。

日本の古漬けぐらいよく浸かったお漬物

日本のイカの塩辛ににたエビの塩辛。

魚の酸っぱいスープ。

鶏肉とショウガの炒め物。

いつもよりメインのおかずが1つ多くてお腹パンパン!!

ちなみにクメール語でお腹パンパンは「タン ポホ ナッ!」といいます。
食事をしながらチャンディさんにプノンペンで打ち上げしましょうと提案。今日は活動の最終日なのです。とっても楽しみです! ※ここまでその道中の車で書きました。

いざプノンペンへ。途中Pちゃんの・・・

さて、ポーサットからプノンペンへ。行きと同様帰りも何時間・・そりゃそうだとあたり前のことを考えながらキャラバン隊はプノンペンへ。

途中トイレ休憩をしたときにいいのを見つけました。デビットさんにちょっとクメール語のやり取りの手助けを依頼。お目当てはおばちゃんの手前にある小魚の干したやつ。

「タライポンマーン(いくら?)」

「1キロ25ドルよ!」

おっ・・・結構するやん・・・

でも目的は猫のPちゃんのエサなんです。贅沢ばっかりさせてられないということでキャットフードではなくローカルフードで賄おうと考えたのでした。

1キロもいらないので1万リエル(2.5ドル)だけ頂戴とお願いしました。

とっても少量。これはキャットフードの方が安かったのではと思いつつ、まぁいいかと購入。

ホテルについてから1個だけつまんでみあたら・・・まぁ確かにダシはすごくでそう。味はまぁまぁ・・・猫のPちゃんは食べてくれるでしょうか・・・

打ち上げ

さてさて、最終日。もちろん打ち上げ。EDFカンボジアのお三方をねぎらうためにご招待。だからもちろん費用はこちら負担(安田の個人負担で皆さんのご支援のお金とはきっちり分けております)。楽しい宴のスタートです。

魚の練り天。  

牛ステーキ。

 

ウナギ(?)の焼いたもの。

海鮮シーフードサラダ。

打ち上げではチャンディさんやEDFカンボジアの若手二人と振り返りやこれからのことを色々話します。

まずはバンテアイミンチェイ州のこと。自転車100台の寄贈と2つの新しい自転車修理クラブの設立ができていません。タイとの衝突が収まれば同エリアに。でもまだ予測はつかないということ。

そして、2か所の撤収した自転車修理クラブのこと。チャンディさんの考えではプレアヴィヘア州の新たな学校に移設するのがいいのではないかということ。国境近いエリアということでこれからも困難が強いられる可能性が高いエリア。そこに自転車修理クラブができれば子どもたちの学校に通う一助になるのではないかとチャンディさんは考えているようです。

そして、より自転車修理クラブを活用してもらうためのアイデアとして、「この学校には自転車修理のための工具や修理用部品があること」を記した掲示用紙を職員室のドアに掲示してもらうことを考えているとのこと。子どもたちが訪れる職員室に掲示があることで周知が進むというのが狙いです。とってもいいアイデア。
というのもEDFカンボジアが行う図書寄贈にしても周知されておらず子供たちが全然本を読んでいないということが時々あるのだそう。だから自転車修理クラブと合わせて図書についても案内したいのだとか。

次は若手スタッフのデビットさんのこと。彼はいま弁護士になりたくって法律の勉強をしています。法律を勉強して子どもたちの力になりたいのだとか。ステキな志。「それではもうすぐEDFカンボジアを退職するの?」と意地悪い質問をしたら回答を濁していました。でも若い人の夢をつぶすような仕事場ではないのです。チャンディさんも応援しているようすでした。だから・・・

「応援します。デビットさん。弁護士さんとして大いに稼いでデビット中学校を作ってください。僕はそこに自転車修理クラブを設立します」という約束をしました。いつかきっと必ず実現する日がやってくるでしょう。

途中、「この週末は友達の故郷スヴァイリン州に行くの?」と質問されました。安田の答は「今年は行きません。理由は2つあります。1つはタイとの衝突で国境付近の皆さんが大変な状況のなかバカ騒ぎする気分になれないこと。そしてもう1つはその友達とケンカしたこと。その喧嘩の理由は・・」

理由もきっちり説明した。すごく、ものすごく短い説明でいうと、「義理息子に『金くれ』って言われてぶちぎれた。ジョンも怒るわけでなくむしろ肯定していた」ということだと伝えました。

チャンディさんもEDFカンボジアの若手二人も閉口。それは安田の支援の姿勢を理解してくれているからです。

安田が会ってきた子どもたち、貧困で本当に苦しい環境の子供たち、彼らはでも「お金ちょうだい」とは決していいません。彼らが欲しがっているのは「貧困から脱出するためのチャンス」です。それが教育であったり、教育にアクセスするための自転車だったりします。子どもたちは貧困から脱出するために自ら努力したいと考えています。しかし努力する機会すら与えてもらえない。そこに苦しんでいるからこその自転車なんです。
「お金を恵んでください。」
「はい。恵んであげます。」
これはもう友達とは言えない関係です。10年経って初めてその言葉を投げかけられて、安田は最初戸惑い、言葉を失い、その場をつくろう手段が見いだせず、ブチ切れることでその場から逃げ出したかったのです。自分の胸のうちをチャンディさんやEDFカンボジアの皆さんに聞いてもらえて少し落ち着きました。

最後には、「来年はもっと支援の内容をさらに充実させて、またカンボジアに来ます。どうぞよろしくお願いします。」と伝えました。別れぎわ、デビットさんとシックスパック対決を約束し、今年同様、来年の筋トレのモチベーションをいただいたのでした。ただジョンとの仲の修復は安田個人の問題。今年解決するのか来年まで持ち越しなのか・・・それはわかりません。

最後に・・・

チャンディさん、カンボジア自転車プロジェクトを10年共に歩んでくれて本当にありがとうございます。あなたが歩んできた激動のカンボジア。そんな悲しい歴史を繰り返さないためにも子どもたちに教育機会を提供し続ける。チャンディさんも私も10歳年を重ねてきましたけど、これからもどうぞよろしくお願いします。

吉川さんと2次会

打ち上げ会場からトゥクトゥクでホテルに戻ってきました。30分ほど休憩して2次会へ。

泊っているホテルの近くのバー。10年プノンペンに通っていて、ずっとこのお店の存在は知ってるのですが一人でバーに行く習慣がないので・・吉川さん新たな境地を見せてくれてありがとうございます。新たな引き出しができました。

吉川さんはウィスキーと炭酸水(割ってハイボール)。安田はいつも通りビールで乾杯。もう安田は飲みすぎて酔っております。

吉川さんと色々お話ししました。何を話したかというと・・・酔ってますから・・・

でもとってもうれしかったのは、「なんでカンボジアに来てるかって、安田さんを独占できるから。色々な話ができますので」というお言葉。そんなこと言ってくれる人、そうそういません。いつでも独占してください。

そして、「なんでもいいよ」という言葉が相手への優しさではないこと。吉川さんは特定のエリア以外はあまりこだわりがなく「なんでもいい」と答えがちな人。今日の晩御飯や誕生日プレゼントなど。実は安田もそうなんですが、そう答えるよりも「これがいい」、「これが食べたい」、「これが欲しい」と要求した方が、要求された方は思いをはせながら色々考えてくれる時間が持てるのでそっちの方が喜ばれること。最近学んだそんなことを吉川さんにもそうした方がいい!と伝えたり・・・まぁ総括するとお酒の席での他愛のない話をたくさんしました。

あと、今日の2校目の学校で、最後の記念写真を撮るデビットさんのカメラのレンズを眺めて安田は泣いていたことを告げました。よくよく考えてみると、いつも毎年自転車寄贈セレモニーの最初の1回目のとき、子どもたちが出迎えてくれて安田は泣いていました。「やっててよかった!!」とか「夏のクラウドファンディングのとき、本当につらかったけど、このためにがんばってきたんや!」とか思いながら泣いていたのでした。でも、最初の自転車寄贈セレモニーの12月8日の1日前、タイがカンボジアを攻撃しました。情勢が不安定になり、どうなるんやろうという不安が勝って、安田はまだ「やっててよかった!頑張った!子供たちがわらってる!喜んでくれている!」という感動の涙を流していなかったんです。デビットさんが記念撮影で必ずいう「1,2,3」のシャッターを切る合図。クメール語では「ムオイ、ピー、バイ」と言います。彼の少しゆっくりペースの低いムオイピーバイの声を聴きながら、「あっこの学校のパーツ支援が最後やん。もう2025年のカンボジア旅終わりやん。」と気が付いて涙があふれてきたんです。でもギリギリのギリギリ。本当のギリギリ。泣けて良かったと思っています。滞在中も本島に不安だらけの2週間でした。でも学校を訪れたときは楽しいテンションマックスで「笑って~!!」ってカメラを向てたり、「へたくそで悪いけどクメール語でお話ししましょう!」って話しかけたり。全部、安田の空芝居です。私のことを知っている人はみな理解してくれています。「あいつは普段あんなテンションと違う。無理しとんな。がんばっとるな。」そう、演じていたのでした。「あぁもう演じなくてもいいや」という安心感の涙でもあったと思います。とにかく完全完了ではないけれどやるべきことはやったという自己肯定感、安堵感からくる涙だったと思っています。

最後は吉川さんに感謝。カンボジアという国の、プノンペンという街の、このバーで二人でお酒をかわして色々話すことができることに感謝しかありません。

本日のまとめ

本日12月19日で、2025年のカンボジア自転車プロジェクト現地活動はひと区切りとなりました

ポーサット州の2校でパーツ補給を行い、子どもたちの笑顔、先生方の歓迎、そして「また来てね」とでも言うような空気に、胸がいっぱいになりました。クメール語でのたどたどしい会話が通じた瞬間、「言葉が通じるって、こんなにうれしいんだ」と、改めて心が震えました。

ただ、今年は最初から最後まで、心のどこかに不安がありました。

タイとの衝突で予定が変わり、行けない州があり、100台の自転車寄贈と新しい修理クラブ設立が未実施のまま残り、どうしても「本当に大丈夫なのか」「支援が届くのか」と緊張が抜けない2週間でした。訪問先ではいつも通りテンション高く「笑って〜!」とカメラを向け、子どもたちに話しかけ、場を明るくしていましたが……正直に言うと、あれはかなり“演じていた”部分もありました。

普段の自分を知っている人ならきっと分かるはずです。「無理してるな」「それでも前に進んでるな」と。

そして今日、2校目の最後の記念写真。

デビットさんがレンズを構え、いつも通りの合図——クメール語で「ムオイ、ピー、バイ」。

その少しゆっくりめの低い声を聞いた瞬間、ふいに気づいてしまったんです。

「あ、これが今年最後の支援や」「もう2025年のカンボジアが終わる」って。

その途端、涙が溢れてきました。

本当は、毎年最初の寄贈セレモニーで“やっててよかった”って泣くのに、今年は泣けなかった。情勢が不安定で、不安が勝ってしまって、感動する余裕がなかった。

でも、ギリギリのギリギリで、ようやく泣けた。

「あぁ、もう演じなくてもいいんや」

「完全完了ではないけど、やるべきことはやった」

そんな安堵と自己肯定感が、静かに胸を満たして、涙になった気がします。泣けてよかった。心からそう思いました。

夜は打ち上げで、チャンディさん、EDFカンボジアの皆さんと、振り返りとこれからの話をしました。続けるための工夫も、次の一手も、来年への約束も交わしました。

10年間、共に歩んでくれたチャンディさんには、改めて言いたいです。本当にありがとうございます。悲しい歴史を繰り返さないために、子どもたちへの教育機会を守り続ける。その覚悟を、今年もまた一緒に確かめました。

そして吉川さんにも感謝です。

「安田さんを独占できるから来た」なんて言ってくれる人、そうそういません。プノンペンの夜、同じ空気の中でお酒を飲みながら話せたことが、どれだけ救いになったか。言葉にできません。

今年のカンボジアは、不安も迷いも悔しさもありました。

でも、それでも、支援は止めない。止めたくない。

子どもたちの「努力する機会」を守るために、来年もまた必ず来ます。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

 

【カンボジア訪問記2025】17日目「現地活動後の静かな一日」(2025/12/20)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

昨日12月19日にてカンボジア自転車プロジェクトの現地活動は完了しました。そのためオフ日です。活動終了後にジョンのスヴァイリン州の実家に遊びに行く予定もキャンセル。今日はゆっくり過ごすことにしました。

吉川さん、ありがとうございました!

朝、吉川さんが帰国の途につくとのことでホテルの前でお見送り。16日の晩に合流し、本日20日の朝まで本当にありがとうございました。同行いただきました3日間、スケジュールは変わってしまったもののご支援いただいているMrak中学校に行けたことが本当に良かったです。また道中様々なお話をありがとうございました。同行者がいないときは車中ずっとだまっていることが多いので助かりました。日本に帰ってからも、そして来年の12月に向けてこれからもどうぞよろしくお願いいたします。
※写真撮り忘れました・・・

猫のPちゃん

吉川さんを見送り部屋に戻ろうとしましたら猫のPちゃんが来ていました。

早速、昨日買った干し魚を投入。口の超えたPちゃんは不満爆発。いつものやつくれって猛アピール。「これしかあげない」と身振り手振りで伝えたらようやく渋々ながら食べてくれました。

干し魚全部食べたので人間のPちゃんの買い置きを投入。あと少し在庫があるので明日ホテルを発つまでに全部あげてしまう予定です。

実はこのあと再び睡眠。少し疲れているような疲れていないような。すっきりしないので寝ることにしました・・・再び目が覚めたのは朝9時。やらないといけない仕事がいくつかあったのでまずそれらを終わらせ、「そろそろでかけるか・・・」と部屋を出ることにしました。

国立博物館へ

今日は国立博物館に来たかったのです。ここに来るのは初訪問が2017年なので8年ぶり。当時の訪問記録がブログに残っているので引用します。

国立博物館へ。クメール王朝時代のものはもちろん、様々な歴史的彫刻などが展示されています。

入り口で入場料10ドルと日本語ガイドマシン5ドルを払っていざ突入!

「日本語ガイドを聞きながらだったら色々と楽しいだろう~」

と、思っていたのですがやはり歴史が頭に入っていないのでちんぷんかんぷん。時代を謳歌したクメール王朝(アンコールワット)はヒンドゥー教の寺院です。そこから仏教(日本のような大乗仏教ではなく小乗仏教)が広がりを見せたというぐらいの知識しかありませんので、

「あー、ガネーシャもやっぱりあるよねぇ」

「あー、この菩薩さんは日本のものとちょっと表情も違うなぁ」

ぐらいの楽しみ方しかできません(^^;

ただ日本のそうした博物館と大きな違いは、ガラスケースなどで覆われていないものもたくさんあることです。置いて並べただけ。博物館は窓もガラスがはめられていないので涼しい気持ちのいい風が通るのですが、それだけ風化しやすいはずなんですが・・・「Don’t Touch」と書いてあるので触りませんが、触ろうと思えば手が届く。目と鼻の先まで近づいて見れる。この石像を掘った人、崇めた人、そうした人々との距離がすごく近くなったような気がします。

こちらが博物館の中庭です。ちなみに展示物は写真撮影も禁止。(実際にはたくさん撮っている人もいましたが・・・)だからこのブログにも掲載できる写真がありません。ごめんなさい。

引用して8年前の自分の書いたものをみて、何も変わってないなぁと実感。8年前の安田が少し若いぐらいでしょうか・・・

さて、気を取り直してスタート。入場料10ドルと日本語音声ガイド5ドルは同じ値段でした。

入場してすぐの掲示板。「館内撮影禁止」の案内が。これも8年前と同じ。そして撮影しまくりの他の観光客に対して、ルールをちゃんと守る安田。「撮っちゃえばいいのに」という声も聞こえてきそうですが、ちゃんと守るのが安田らしさでもあります。でも・・・1枚だけ。撮っちゃいました。それは、この掲示物をブログに載せたかったから撮っちゃいました。

そして写真に撮らない理由はルール以外にもう1つあります。どうせ覚えていない。どうせ写真撮っても後から見ない。ということも知っています。だから写真撮るためにスマホのレンズごしに見るのではなく自分の目に焼き付けようと思った次第です。

さて、8年前の安田君よりはアンコール王朝などの知識を少しは蓄えましたのでどれぐらい楽しめるかなと楽しみにしていました。

館内は時計回りにプレアンコール時代とアンコール王朝時代の砂岩彫像や石碑の展示が大半です。アンコール王朝はもちろんアンコールワットやアンコールトムなど様々な遺跡が建てられたころを指し、彫像を作る技術も最高潮の時代だったと言えるでしょう。

プレアンコール時代はその前の時代ということになります。時代でいうと6世紀とか7世紀とか。その頃のものだと推測される砂岩彫像が展示されていました。彫像技術もまだまだ発展途上。展示されていたのは当時の涅槃像。川底から発見されたということもあり痛みも激しいですが少し笑みをうかべた仏陀の表情をみて「これがアンコール王朝の『クメールのほほえみ』につながっていくのかな」と創造せずにはいられません。音声ガイドの説明を見つつ、「これはタケオ州〇〇郡で発見されました」とか「こちらはカンポット州■■郡で発見されました」というカンボジア自転車プロジェクトで馴染みの地名が出てくるたびにうれしくなりました。「国宝級の砂岩彫像が発見された場所にも自転車修理クラブあるねんで」と訳の分からない自慢をしたくなりました。

さて、プレアンコールは涅槃像があるくらいだから仏教。(数世紀にわたる時代をひとくくりにするのはよくありませんが・・・)今のカンボジアも仏教ですが、今進行されているのは小乗仏教。プレアンコールは大乗仏教です。大乗仏教は日本の仏教と同じと考えてもらえればわかりやすいかと。

その時代から砂岩彫像で歴史の時の経過を追っていきます。だんだんヒンズー教の色が濃いくなっていきます。ヴィシヌ神やガネーシャなど日本でもおなじみのヒンズー教の神様の彫像がたくさん展示されています。ガネーシャも作りが雑なものから精巧なものまで様々です。時折砂岩彫像ではなく石碑なんかも展示されています。石碑にはサンスクリット文字と古代クメール文字が刻まれています。意味はもちろん音声ガイドだよりですが、「古代クメール文字は今のクメール文字と全然違う・・・けど似てる文字もあるなぁ」と感じながら見ていました。

そしていよいよアンコール王朝時代へ。時系列でいえば「アンコールワット→アンコールトム」の順番です。アンコールワットは上記の歴史の流れをうけてヒンズー教の色が濃いです。前のブログでも紹介しました通りアンコールワットの回廊の壁画にはヒンズー教の神話、ラーマヤナの物語、天国と地獄といったヒンズー教の死後の世界観などが描かれています。博物館内にもアンコールワット時代のデバター(女神)像やヴィシヌ神などの彫像が展示されていました。

時代は流れアンコールトムのころへ。12世紀ごろのお話です。カンボジアの歴史のなかで人気ナンバーワンなのがジャヤバルマン7世。彼はアンコールトムを建立するのですが国教をヒンズー教から仏教に変えました。強引に一気にではなく国民の心情も踏まえて少しずつ。だからアンコールトムには仏教とヒンズー教の両方が色濃く出ています。

そして、安田が見たかったのはそのジャヤバルマン7世の砂岩彫刻です。8年前の安田君は何も知らないのでたぶんそろそろ展示を見るのも飽きてきて通過。2025年版の安田はこの王様が大好きなのでしばらく足を止めて音声ガイドに耳を傾けていました。「今年もあなたが作ったアンコールトム、バイヨン、ライ王のテラス、象のテラス、見てきました。そうそう、現代はあなたが作ったアンコールトム内を走ることができるマラソン大会が開催されていて私もこの間走ってきたのです」という報告もさせていただいました。王様であって神様ではないのですが、「これからのカンボジアが平和でありますように。今起こっている衝突が早く収まりますように。」とお願いもしました。

一番見たかった砂岩彫刻が見られて大満足。それ以降の展示物はさらっと見るだけにして博物館を後にしました。滞在時間80分。安田にしてはゆっくり見た方です・・・

作戦タイム

実は昨日車のなかに帽子を忘れてきました。わざわざ届けてもらうのも気の毒なので連絡はせず。だから暑い日差しでの長距離移動は避けなければなりません。まずはコンビニで缶ビールを1本調達し「これからどうしようか?」と考えていました。

そしたら同じようにコンビニでビール、さらにはポテチまで調達して食事を楽しんでいた観光客が話しかけてきました。

「この方法、安上がりでいいよな!どっから?中国人?」

「そうですよね。ビールよく冷えてますし。日本人です。あなたは?」

「ドイツ人。」

「どれぐらいカンボジアに滞在してるのですか?」

「えっと・・・忘れた。ベトナム、カンボジア、タイを回る予定なんだけど、今タイにいってもつまらなさそうだし、もうしばらくカンボジアにいるつもり」

忘れた・・・とうてい日本人では想像すらできない日数でこの方は旅行されているんでしょうね。

「じゃあ行きます。ビール楽しんで。」

で、安田はどこに行くかといいますと・・・

クメールマッサージ

前も来たマッサージ店へ。今年の滞在中2度目です。しっかりと2時間マッサージしてもらいました。

串焼きビール

そして次は・・・って次の行程を思いつきません。朝からビール1本だけで過ごしているのでお昼?早めの夕食?を取ることにしました。

テラス席がステキなレストラン。カンボジア料理はもちろん、中国料理、ピザやパスタ、ハンバーガーなどもあります。

24時間365日ハッピーアワーのこのお店。生ビールは0.75ドル。日本円で120円ぐらいでしょうか。

串焼きを注文。上が豚ホルモン。下がマトンです。

マトンおいしかったのでリピート。左は鶏の軟骨です。スパイスが効いていてビールがすすみます。

ホテルに戻って

ホテルに戻ってきました。再びベッドへ。だらだら過ごしています。

こちら、ベッドから天井を眺めた様子。

「豪華な部屋やん!!」って驚いてはいけません。安田は知っています。あの装飾の影に大量のアリ、そしてときどきGが潜んでいることを。17泊して35,000円だから贅沢は言えませんが・・・ちなみにこのホテルがいいのは王宮前の眺望。リバーサイドに近い立地。あと価格が安い。この3点。皆さんには・・・・まったくお勧めしませんよ。古いし。汚いし。コンセントは刺すたびにバチンと火花を散らすし、冷蔵庫がアリの巣になってるし・・・ちなみに部屋のクリーニングは自分がいるときにしかやってくれません。従業員だけで部屋に入ってモノがなくなったりするトラブルを避けるためでしょうね。だから16日目の今日も16日間の汗が染みたベッドで眠るんです。気にしませんけど・・・さすがにシャワールームの排水溝掃除しないと水が溜まるようになってきました・・・あっ昨日トイレの便座が外れました・・・。来年・・・も同じとこ予約すると思いますけどね!

また眠ってしまって2時間後に起床。すっかり夜になっていました。

「ブログ書かなくちゃ・・・」という理由で起きだしパソコンの前に・・・その前にトイレ・・・あれっ、お腹壊してるやん。元気が出ない理由はこれか?何度かトイレと友達になったあと、Pちゃんにもらったこれを飲みました。

怪しい黒いカプセル。炭の粉が吸着して下痢を止めてくれるというもの。止めすぎるのも悪い老廃物を押し出すことを妨げるので、明日深夜からのフライトで再び飲むことにしました。

本日のまとめ

現地活動を終えた翌日。今日は「何もしない」を選んだ一日でした。

支援の現場を離れ、誰かの期待に応え続ける役割からも少し距離を置いて、ただ自分の時間を過ごす――それは想像以上に、心と体に必要なことだったのだと思います。

国立博物館で見た砂岩彫刻。何百年、何千年という時間を越えて残る人の祈りや想い。そのすぐそばの土地で、今も子どもたちが自転車に乗り、学校へ通っていることを思うと、過去と現在が静かにつながったような感覚になりました。

観光客との何気ない会話、マッサージでほぐれた身体、安いビールと串焼き、少し疲れたお腹、そして古くて不便だけれど、見慣れたホテルの天井。

どれも「特別」ではないけれど、確かに「旅の終盤」を実感させてくれる時間でした。

走り続けた2週間のあと、立ち止まり、振り返り、ようやく深呼吸ができた一日。

この余白があるから、また次へ進めるのだと思います。

明日は帰国準備。カンボジアで過ごす最後の時間を、もう少しだけ大切に味わいたいと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

 

 

 

【カンボジア訪問記2025】18日目「苦さの残る乾杯」(2025/12/21)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

今日も大きな予定は1つもなく思うがままに時間を過ごしていました。

Linnaちゃんとのやりとり

昨日の20日夜、LinnaちゃんTelegramで写真とメッセージが届きました。

看護学校の学期末の試験が終わったとのこと。メッセージは将来の話、そして「支援」についての率直な質問。
短いやりとりの中に、彼女の真剣さと優しさ、そして不安が同時に詰まっていました。
どんなやりとりをしたのか、お伝えしますね。

2025年12月20日 午後11時ごろ

Linna:「先生、こんにちは。もう日本に帰りましたか? いつ出発されますか?今日、学期末の試験を受けました。がんばりました!」

安田:「こんばんは。明日の夜に日本へ帰る予定です。試験、おつかれさま。時々でいいので写真を送ってくださいね。来年の12月も、また会いに行きます。」

Linna:「応援してくれてありがとうございます。飛行機は何時に出発しますか?私は、自分の夢に向かって学べていることが本当にうれしいです。もし機会があるなら、先生に付き添って日本に行けたら、とても幸せです。直接お見送りできなかったけれど、遠くから先生の健康と安全を祈っています。」

安田
「便は22日の深夜に出発なので、21日の夜9時ごろに空港へ向かる予定です。いつか日本にも来られるといいですね。カンボジアと違うことがたくさんあって、きっと驚くと思います。四季もあるし景色もきれい。アンコールワットも素晴らしいけれど、日本の寺や仏像も魅力的です。おいしい料理もたくさんあります。伝統的な和食もぜひ食べてほしいです。奨学金で支援してきて、もう10年になりますね。来年、あなたが看護師の資格を取ったら、ひとつの節目だと思っています。まずは試験に合格できるように頑張ってください。僕も日本で仕事頑張ります。また来年元気に会いましょう。」

Linna:「はい。試験に受かるように、しっかり勉強します。私も日本に行きたいです。私の国の寺院もとてもきれいだけど、私はまだ観光に行けていません。もし日本に行くチャンスがあったら、本当にうれしいです。先生に聞きたいことがあります。先生が私にくれている奨学金は、誰かの支援が入っているんですか? それとも先生の個人のお金ですか?」

安田:「質問にお答えします。自転車支援のほうは、日本の200人以上の友人たちが協力してくれています。でも、あなたの奨学金は僕が個人で支援しています。今はあなた以外に、高校2年生1人と中学2年生1人も支援しています。」

Linna:「ということは…私の奨学金は、友人の方たちは関わっていなくて、先生から直接いただいているお金、ということですね。もうひとつ質問してもいいですか? 先生が私に奨学金を出そうと決めた理由は何ですか?技術を学ぶには本当にお金がかかるんだって、今すごく実感しています…。」

安田:「最初はEDFカンボジアに『奨学金で1人支援したい。娘がいるので、できれば女の子がいい』と申し込みました。そこでEDFカンボジアが選んでくれたのが、あなたでした。EDFカンボジアの奨学金制度は中学生までなので、卒業すると次の新1年生を支援する形になっています。3年ごとに、新しい奨学生に会う仕組みなんです。僕があなたに会ったのは2015年で、2017年にはあなたが中学3年生になった。そこが制度としての区切りでした。でもあなたが『もっと学びたい』と言ってくれたので、僕は個人的に支援を続けることにしました。支援者も奨学生もたくさんいる中で、あなたに出会えたのは不思議な縁だったと思います。」

Linna:「つまり私は…EDFカンボジアの奨学生として出会って、先生は中学3年を卒業したところで支援が終わるはずだった、ということですよね。でも、そのあと私が高校や看護の勉強を合計6年間続けられたのは、先生の個人のお金だけで支援してくれたから…それは本当ですか?先生から直接奨学金をもらえた私は、本当に幸運だと思います。必ず一生懸命勉強して、試験に合格して、看護師のライセンス証を先生に見せます。もし機会があるなら、日本でも勉強を続けたいです。もうひとつ質問です。私が高校を卒業した時、EDFカンボジアに連絡しなかったけど、その時、先生たちは私のことをどう思っていましたか?

安田ここでまさかの寝落ち・・・

Linna:「たくさん聞いてしまってごめんなさい。先生、休んでください。おやすみなさい。良い夢を。奨学金を支援することは、先生にとって負担になっていますか?」

2025年12月21日 9時ごろ再会

安田:「おはようございます。昨夜は寝落ちしてしまってごめんなさい。質問にひとつずつ答えます。」

安田(1つ目の回答):「本当です。高校と看護学校の学費は計6年間、僕の個人資金で支援しました。看護学校は高校よりさらに費用は高かったけれど、途中でやめることはできませんでした。あなたの“看護師になりたい”という夢を応援し続けると決めていましたから。」

Linna:「はい。看護学校に通ったこの3年間、奨学金を支援してくれて本当に感謝しています。」

安田(2つ目の回答):「日本で学ぶことには、主に2つの難しさがあります。
1つ目は日本語。授業は日本語だから、日本語の勉強が必要で、時間もかかります。
2つ目は費用。日本で学んだり働いたりするために、母国で大きな借金を負う人も多い。」

Linna:「はい。日本語は音も文字もたくさんあって、本当に難しいと思います。」

安田(3つ目の回答):「あなたが高校卒業後に進学しなかったのは、家族の事情で働く必要があったから、とEDFカンボジアから聞きました。僕はその判断を尊重ました。家族を支えることは大事だし、何より働いて収入を得ることは大切だから。その後、2022年に僕があなたの村を訪ねた時、あなたは働いていて、自分のスマホも持っていて、そこで連絡先を交換しました。そこから再び、あなたが夢に向かって動き出した。
Telegramであなたは、クメール語の入学案内と、つたない英語で僕に伝えようとしてくれました。でも僕は理解できなかったから、EDFカンボジアに『彼女の話を聞いてほしい』とお願いしました。あなたが見せてくれたのは、家から通える距離にある新しい看護学校の案内でした。あとは“お金”だけが課題だった。費用を確認して、金額にビビッて、少し冷や汗をかきながら、支援を再開することにしました。」

Linna:「2021〜2022年は、先生がもう奨学金をくれないと思っていたから働きました。それに、おばあちゃんの世話もしないといけませんでした。」

安田注記:ここにお互いの認識違いがあって、コミュニケーションの難しさを痛感。今となっては結果オーライですが・・・

安田:「奨学金を支援できたのは僕にとってもうれしいことだったけれど、全部が順調だったわけではありません。特に看護学校の学費は、僕の収入からすると大きな負担でした。カンボジアの人は「日本の収入=みんな裕福」と思うかもしれません。でも実際は、生活が厳しい人も多い。僕は小さな会社を経営していて、運よく平均より少し多く稼げているから支援できました。中高生の支援は頑張ればできたけれど、看護学校の支援は僕にとっても勇気が必要でした。でも、あなたの夢を途中で諦めさせたくなかったのです。
そして将来の話もしておきますね。僕は「あなたが看護師になる夢」を支援してきました。もうすぐ実現する。あなたが努力してきたからです。僕は頑張る人を応援するのが好きです。あなたはきっと看護師免許を取れる。その免許を取得した時点で、僕の金銭的な支援は一区切りにしようと思っています。あなたは看護師として働いて、自分で収入を得られるようになるから。
もちろん、迷惑でなければ、毎年会いに行きます。将来あなたが結婚することがあれば、EDFカンボジアのみんなと一緒に結婚パーティーにも行けたらうれしいです。それが次の楽しみです。」
※日本でいうとセクハラ?ですけど・・・お許しください

Linna:「先生と連絡できるようになってから、私は本当にうれしかったです。夢に近づけているって思えました。」

安田:「それはあなた自身の努力の結果だよ。僕がしたのは「機会(チャンス)」を渡しただけ。」

Linna:「看護学をさらに勉強するために大学に行きたいのですがサポートしてくれますか?」

安田:「残念ながら答えはNOです。私はあなたの「看護師になる」の夢を一緒においかけました。ゴールにたどり着いたらあなたへの支援は終了となります。冷たいと思うかもしれませんが許してください。そして、あなたは自分の夢を自分で追えるようになったと思います。看護師として働いて、お金をためて、勉強したければ大学に行けばいい。学費のことを考えるとなかなか高い壁だと思いますが、あなたはこれまで同じような壁をたくさん乗り越えてきた。だいじょうぶ。」

Linna:「わかりました。これからは自分でしっかり働いて収入を得て先にすすみます。もうあなたを悩ませたり困らせたりしません。夢に向かってたくさんのサポートをしてくださってありがとうございました。」

ちょっと冷たかったかもしれませんが、もう一人で歩めるはず。
そして私にはまだ2名の奨学生がいて将来学校の先生になりたいとか警察官になりたいとか夢を語っています。私自身がLinnaちゃんから卒業して、次の未来に目を向ける日がきているのかもしれません。2026年に会いにいって看護師証を見せてもらって一区切り。1年後が楽しみです。

洗濯と猫のPちゃん

リンナちゃんとのやりとりを終えて、洗濯。カンボジア滞在中の最終洗濯。何とか少ない着換えで乗り切りました。なんと、18日間滞在して、洗濯ものは今着ているものだけです!がんばった!ウタマロ石鹼が1つ丸々なくなりました。

洗濯を干していると猫のPちゃんが来ました。人間のPちゃんが買い置きしてくれた高級キャットフードを全投入。

遅めの朝ごはん

近くのローカルな市場のなかに潜入。そしていちばん、おいてある食材がカオスなお店を選びました。

残念ながら英語メニューがない。なのでお店に掲示している写真を指差して注文。

出てきたのはクイテウサイモアン(鶏肉の米麺)でした。さて、英語が通じないのは好都合。なぜならクメール語会話にチャレンジしたかったから。

「ソームタックロイ(お勘定お願いします)」

「※■▼?〇×・・・」(聞き取れない)

そうなんですよね。数字の回答がとっさに聞き取れないのです。なんどかやりとりをしているうちに

「ムオイムーンリエル(1万リエル。約2.5ドル)」といっていることがわかりました。修行が足りない。

再び猫のPちゃん

ホテルに戻るとまたまた猫のPちゃん登場。人間のPちゃんが買った高級エサはもう無いので安田が買った干し魚エサを投入。

「これじゃないにゃ!あのおいしいやつほしいんだにゃ!」

という猛アピール。でも無視して部屋の中に入ると、仕方がないと干し魚を食べるPちゃんなのでした。

荷造り開始

いよいよ荷造り開始。

左側の黒い大きなバッグにはすでにコーヒー豆が20キロずつ・・・それがコーヒー豆屋さんおまけしてくれたみたいで少し多め・・・

「やばいな」

どうしてかというと、無料の預け荷物は23キロが2つ。あとは手荷物のリュック。そこにどう配分するかが問題・・・本やおみやげのピーナッツも大量に買ったので完全に重量オーバー。リュックをパンパンにして・・・黒バッグは24.5キロ×2となりました・・・大目に見てくれるかドキドキ・・・

まったり

重量オーバーはもう心配してもしょうがないので、きれいに片付いた部屋でまったりだらだらしていました。ベッドに横たわり、行きの飛行機で読んでいた深夜特急の続きを読んだり、SNSチェックしたり・・・そして少し昼寝をしたり・・・

3時のおやつ

遅めの朝食からしばらくたってお腹がすいてきました。再び市場に行くことにしました。

こちら以前も登場しましたバーベキュー屋さん。指さしで注文。

今日のメニューは豚皮、カエル餃子、鶏もも、つくね、腸詰団子です。

生野菜もついています。付属のタレ(ドレッシング?)をかけてもりもりいただきました。

メコン川で乾杯!

夜7時。日本時間の夜9時。YouTubeで生配信しました。最終日に毎年行っている「メコン川で乾杯!」です。

今年の現地での活動報告と皆さんへの感謝の意を込めた「メコン川で乾杯」。今年のビールは少しほろ苦かったです。

何度かお伝えしていますが、やっぱりタイとの衝突で自転車を配り切れなかったこと、自転車修理クラブの設立も完了しなかったことが心残り。そしてFacebookではタイに攻撃された学校で逃げ惑う子どもたちの動画などが頻繁に流れてきます。

EDFカンボジアのチャンディさんからは破壊された学校の写真を見せてもらいました。学校の先生から送られてきたそうです。学校や女子寮、トイレなどの建設支援のプロジェクトもあって多くの方が支援して子どもたちの学ぶ場の充実を図ろうとしています。その積み重ねが爆弾1つでがれきの山にかわるのです。

やるせない。腹立たしい。悔しい。そんなところにライトアップされた美しい王宮をみて、思いがこみ上げてきて言葉につまりました。

今日のリバーサイドエリアは歩行者天国のお祭り騒ぎ。若い人たちのグループ、カップル、家族連れ、外国人観光客、様々な人たちがあふれていました。先日は同じ場所でタイに対する反戦デモが繰り広げられていました。

SNSには日本人の方から「特殊犯罪グループの潜伏しているところが無くなるまで爆撃を続けてほしい」という投稿がありました。あなたに言いたい。「そのためには巻き添えをくらう民間人・子どもたちが犠牲になってもいいのか?」、「あなたは『暴力団事務所があるから爆撃します』と言ってきたら隣のあの国が日本を攻撃してきても受け入れるのか。」
F16が攻撃したニュースのコメントではタイ人から「軍事施設だけ攻撃しているから大丈夫」という投稿がありました。何を根拠に言っているのか。子どもたちが逃げ惑う学校の地下に秘密基地でもあるというのか。
そして一部のカンボジアの人たち。AIで作った安っぽいCGを載せて現場の悲惨さを訴えないでほしい。本当の報道まで嘘っぽく思われてしまう。

そんなことが頭の中をずっとぐるぐるしているから、この土日は全然楽しくありませんでした。でも何ができるわけでもなく。今年の現地活動を締めくくるための無理やりの「メコン川で乾杯!」でした。来年は100%やりきったという気持ちで「メコン川で乾杯!」をリベンジしたい。

再びPちゃん。元気でね!

 だから、もう高級エサはないんだってば!!安田が買った干し魚エサを全投入。がんばって長生きしろよ!!来年も会えるといいな。

ジョンのトゥクトゥクで空港へ

夜9時にホテル前でピックアップしてもらい空港へ。ジョンとも今年はうまくいきませんでした。追いつめられると気難しくなって短気にもなる安田。ジョンはいつも通りなのにね。もっと言葉が通じたらいいなと強く感じました。もっとクメール語勉強しなくちゃね。

空港に到着。そしてサヨナラです。来年また会おうと誓って別れました。

ここまでのブログ、空港で飛行機を待つ時間に書きました。明日はいよいよ日本に帰ります。娘から「何時に帰るの?帰ったらお疲れ鍋パーティしよう!」と言ってくれました。はやく家族の顔がみたい!

本日のまとめ

今日は、何かを「成し遂げる日」ではなく、これまで積み重ねてきた時間を、静かに受け止める一日でした。

Linnaちゃんとの長いやりとりは、支援者と奨学生という関係を超えて、ひとつの人生の節目に立ち会っていることを強く感じさせてくれました。

お金を渡したのではなく、学ぶ「機会」を手渡し、そして今、その役目を終えようとしている――それは少し寂しく、でも誇らしい瞬間でもありました。

洗濯をし、食事をし、猫のPちゃんに餌をあげ、荷造りをして、だらだらと過ごす。

そんな何気ない時間の中で、この18日間の出来事が、少しずつ身体に染み込んでいくようでした。

夜のメコン川での乾杯。今年は、どうしても苦い味が残りました。

やり切れなかった支援、破壊された学校、逃げ惑う子どもたちの映像、簡単に放たれる無責任な言葉。

美しくライトアップされた王宮を前に、何もできない自分の無力さを突きつけられた気がしました。

それでも、だからこそ、来年があります。

悔しさも迷いも抱えたまま、それでも支援を続ける理由が、この旅ではっきりしました。

Linnaちゃんから卒業し、次の奨学生へ。

今年を一区切りにして、また次の10年へ。

カンボジアを離れる夜、娘からの「お疲れ鍋しよう」のメッセージに、ようやく心がほどけました。

支えてくださった皆さま、見守ってくださった皆さま、本当にありがとうございました。

また来年、今度こそ胸を張って「メコン川で乾杯!」ができるように。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

【カンボジア訪問記2025】19日目「ただいま!」(2025/12/22)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

今日はいよいよ帰国です。飛行機を引き継いで日本へ。そしてコーヒー豆の輸入手続き。そして帰宅という流れです。本日のブログの最後にはこの滞在記のまとめをしたいと思っています。

いざ、日本へ

ジョンに空港に送ってもらいました。そしてジョンとサヨナラしたところまで昨日の訪問記に記載。フライトは0時過ぎなので本日の訪問記はここからスタートです。

昨日の訪問記にも記載しましたが懸念事項は荷物・・・1個23キロまでで計2つまでという制限の中、バッグは24.5キロ×2となりそれぞれ1.5キロずつオーバー。引っかかれば荷物を減らしてバックパックに入れたらいいのですが、そのバックパックもパンパン・・・

ドキドキしながらカウンターへ。荷物を1つ受付カウンターの荷台に乗せると25キロ・・・「あっ・・・やばい・・・」
ちなみに重さの誤差は安田の簡易重量計のせいだと思われます。いつもカンボジア来るときにもってきている重量計はこちらです。

https://amzn.to/48WgIdm

結局は何も言われずに受け付けてくれました。2キロぐらいは誤差なのか・・・たまたま受付カウンターのかっこいいお兄さんがおおらかな人だったのか・・・もう1つもやはり25キロだったのですが受け付けてくれました。

そして出国手続きもスムーズにすませて、いざ搭乗口へ。

新空港、とってもきれいなのですが今どきの空港には必ずある充電ポートがどこにもない・・・充電難民がたくさんいらっしゃいました。安田はパソコンもスマホもホテルで充電してきたので大丈夫だったのですが・・・来年は改善されているでしょうか。

こちらはプノンペン→北京へのフライトでの機内食。牛肉がのったヌードル。機内食なので麺は伸びていますが気になったのはワックスでテカテカのみかん。なんか食品サンプルみたい・・・種アリだけどおいしかったです。

そして北京空港に到着。寒い!!!!そうそう、今は冬でした。常夏カンボジアからだと、いつもこの乗換のタイミングで風邪ひきそうになります。でも去年から秘密兵器を持っております。それはノースリーブの薄いダウン。たたむとコンパクトになりケースもついているので重宝しています。さっそく着てダウンのありがたさを感じました。乗り換え時間は短くすぐに搭乗。北京→関空です。この便にはたくさんの日本人が乗ってて日本語がたくさん聞こえてきて「いよいよ帰国だなぁ」と感慨深い気分に。

こちらが機内食。朝出発の便らしくおかゆがメニューにあったので注文。あたたかく優しい塩味でおいしかった!

そして関空に無事に到着。ここからまだ一仕事あります。それはコーヒーの生豆の輸入手続きです。カバンに40キロ入っています生豆の手続きが必要なんです。

毎年同じ手続きなので、詳しい手順を知りたい方は去年の訪問記の最終日をご覧ください。

カンボジア訪問記2024 16日目 2024/12/23 ただいま!!!

今年はスムーズに行くといいなぁ・・・

税関の職員さんに説明。「手荷物でコーヒーの生豆40キロ持って帰ってきました。植物検疫は終わりました。今からボンド(保税倉庫)さんに荷物預けていったん外に出で食品輸入手続きに行きます。2時間ぐらいで帰ってきますのでそのとき税金払います。ボンドさんを呼んでもらえますか?」

「・・・・ちょっと待ってください。」

あぁ・・・またです。そんなにレアケースなんですかね。上司らしい人が出てきて、その人も要領を得ない・・・何度も手順をこちらから説明し、ボンドさんを呼んでもらいました。今年はボンドの職員さんはいい感じでした。で、脱出。

そして寒い中、バスに乗って関空内の合同庁舎に行き必要な手続き。そしてバスに乗って再び関空へ。今度は外から税関窓口に入れてもらわないといけないので端の方にある窓口へ。説明・・・

「・・・・ちょっと待ってください。」

またまた詳しく説明。何とか入れてもらってボンドさんから荷物を受け取り納税。いつもこのタイミングで「食品等輸入届出書」の原本をもらうと言われる。なぜ税関でそれが必要なのかが不明。しかも原本。「いつもコピーしてもらっています。原本を渡したら、私はこのコーヒー豆がきちんと輸入手続きを終えたものであることをどうやって示すのか?」

「じゃあ、コピーでいいです」

じゃあってなんやねん!!!って毎年ここでプリプリする安田。まぁまぁまぁまぁ、きっと来年も同じことを繰り返すんでしょうね。ここスムーズに行けたらもっと早く終わるのに。

で、帰国の報告をSNSに投稿してひとまず完了です。今年は自宅までタクシーで帰りました。いつも迎えに来てくれる家内は体調崩してダウン中。仕方がありません。

そして、家に無事帰宅したのでした。家族との約束、「安全に活動して、安全に帰ってくる」が果たせた瞬間。

「ただいま!!」

本日のまとめ

長かったカンボジア滞在も、今日で本当に終わりました。

空港での別れ、乗り継ぎの寒さ、日本語が聞こえてくる機内、そして毎年恒例のコーヒー豆の輸入手続き。ひとつひとつが「帰ってきた」という実感につながっていきました。

大きな達成感と、やり切れなかった悔しさを抱えたままの帰国ですが、無事に家へ戻り「ただいま」と言えたことが、何よりのゴールです。

支えてくださった皆さまに、心から感謝します。

カンボジア訪問のまとめ(2025年12月4日〜22日)


1.不安のない出発、いつも通りの12月(12月4日)

12月4日、日本を出発した時点では、今回のカンボジア訪問に特別な不安はありませんでした。例年と同じ12月、例年と同じ渡航、例年と同じ活動内容。自転車を届け、自転車修理クラブを回り、子どもたちに会う。そんな、これまで何度も繰り返してきた訪問の延長線上にある旅でした。

渡航費・滞在費はすべて自費。皆さまからのご支援金は、あくまで自転車や修理クラブ、返礼品、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクト運営にのみ使用する。その基本姿勢も、これまでと何ひとつ変えていません。

「今年も無事に活動を終え、日本に帰る」。そのシンプルな目標だけを胸に、特別な覚悟もなく飛行機に乗りました。今振り返ると、この「何も疑っていなかった出発」こそが、今回の訪問のスタート地点だったのだと思います。

2.8年ぶりのアンコールワットマラソン(12月7日)

12月7日、2017年以来8年ぶりにアンコールワット国際ハーフマラソンに参加しました。久しぶりのアンコールワットマラソン。楽しみにしていました。そしてカンボジア自転車プロジェクト10周年の記念行事として走っている様子を生ライブしたかったのです。

朝焼けの遺跡、沿道の声援、赤土を踏みしめる感覚。「またここに戻って来られた」という感謝だけを感じながら走っていました。この時点では、情勢が大きく変わろうとしていることを、私はまだ知りません。

結果的に、このマラソンは「何も知らなかった最後の時間」になりました。走り終えたあと、すぐに現実が押し寄せてくることを、想像もしていなかったのです。

ちなみに生ライブは携帯電波の影響で途中で切れてしまっていたようです・・・最後のゴールまでそれを知らずに配信し続け、ゴールした瞬間まで色々スマホカメラに向かってしゃべっていました・・・

3.8日の朝に知った現実——情勢悪化の報(12月8日)

タイとの衝突が激化したことを知ったのは、12月8日の朝でした。ニュースを見た瞬間、頭が真っ白になりました。家族を含めて日本からたくさんの「大丈夫なのか?」の声が届きました。鈍感な安田はそうした声でことの重大さが身に染みてくるのです。

「活動は続けられるのか」「今ここにいていいのか」「支援という行為は正しいのか」。次々と疑問が浮かび、不安が一気に押し寄せました。

それでも、現地にいる以上、活動は止まりません。誰かが代わりに判断してくれるわけでもありません。悩みながら、迷いながら、それでも前に進むしかありませんでした。大切なのは「安全が最優先」。チャンディさんたちと相談しながら「国境付近には近づかない。」、「状況が変わればスケジュールも柔軟に変える。」という方針で進めました。

この日を境に、今回の訪問は「いつも通りの12月」ではなくなりました。ここから先は、心のどこかで緊張を抱え続ける日々になります。

4.順調に見えた序盤——新しいエリアでの寄贈と設立(12月8日・9日)

12月8日、9日は、新しいエリア、スヴァイリン州での自転車寄贈セレモニーと、自転車修理クラブの新設が中心でした。

子どもたちの笑顔、協力的な先生方、滞りなく進む式典。その光景だけを見れば、「今年もいいスタートが切れた」と感じられる内容でした。

情勢不安を抱えつつも、現場はいつも通りで、活動は順調に進んでいるように見えました。今思えば、この「順調さ」があったからこそ、後半に直面する現実がより強く胸に残ることになったのだと思います。

5.伝える工夫——短いスピーチと国旗(活動途中から)

活動の途中から、自転車修理クラブでのパーツ補給の場に、私自身の短いスピーチを入れるようにしました。また、子どもたちに日本とカンボジアの国旗を持ってもらう工夫も始めました。

これは単なる演出ではありません。「誰から、どんな思いで、この支援が届いているのか」を、子どもたちや先生方に少しでも伝えたかったのです。

形式的にパーツを渡して終わるのではなく、「記憶に残る時間」にしたい。その思いから生まれた、小さな工夫でした。国旗を手に写真に写る子どもたちを見ながら、支援は「物」ではなく「関係」なのだと、改めて感じました。

6.支援が届いていなかった現実(12月15日・タケオ州、12月18日・シェムリアップ州)

12月15日、タケオ州の学校で、衝撃的な現実に直面します。これまで補給してきたパーツが、ほとんど使われていなかったのです。
このことは12月18日、シェムリアップ州でも起こりました。

「支援した=役に立っている」とは限らない。その当たり前の事実を、突きつけられました。

責める気持ちはありませんでした・・・と言えばうそになります。先生を責めたい。でもこちらにも非があるはず。改善すべきところがあるはず。
ただ、「届けただけで満足してはいけない」という重い課題を突きつけられた気がしました。

支援の仕組み、周知の方法、関わり方。そのすべてを色々と見直す必要があると、強く感じた出来事でした。
こちらの2校の自転車修理クラブは責任をもって支援を必要としている学校に移設いたします。

7.リンナちゃんとの対話——支援の節目に立つ

今回の滞在中、リンナちゃんとのやり取りは、私にとって非常に大きな意味を持つ時間でした。

「奨学金は先生個人のお金ですか?」「なぜ私を支援し続けてくれたのですか?」。彼女の問いは、まっすぐで、誠実で、そして重いものでした。

中学、高校、看護学校と9年間続けてきた個人支援。その負担や迷いも、正直に伝えました。そして、「看護師になる」という夢が叶った時点で、金銭的支援は一区切りにすることも。

冷たく聞こえたかもしれません。でも、もう彼女は一人で歩ける。そう確信できたからこその言葉でした。支援する側が「卒業」する瞬間でもありました。


8.行けなかった場所、残った空白

バンテアイミンチェイ州、プレアヴィヘア州、バッタンバン州は国境に近いから安全が確保できないという理由で訪問することができませんでした。
地図に残った空白を見るたびに、「そこにも子どもたちがいる」という思いが胸に刺さります。

安全を最優先した判断でしたが、「行けなかった」という事実は、簡単に割り切れるものではありませんでした。

支援とは、気持ちだけでは成り立たない。現実の制約の中で、何を選び、何を諦めるのか。その重さを突きつけられました。
バンテアイミンチェイ州は自転車100台の寄贈と2か所の自転車修理クラブの設立予定でした。12月中に活動可能であれば実施、無理であれば別のエリアで支援を行うことになっています。
プレアヴィヘア州、バッタンバン州は自転車修理クラブへのパーツ補給ですが安全が確保されればEDFカンボジアのメンバーが補給を行ってくれることになっています。

9.演じ続けた2週間と、最後の涙

滞在中、私はずっと「元気な安田」を演じていました。学校では明るく、冗談を言い、写真では笑う。でも内心は、不安と葛藤だらけでした。

最後の学校での記念写真で、「ムオイ(1)、ピー(2)、バイ(3)」の声を聞いた瞬間、涙があふれました。「もう終わる」「やるべきことはやった」。

演じ続けなくていい瞬間が、ようやく訪れたのだと思います。

10.苦さの残るメコン川での乾杯

最終日の「メコン川で乾杯!」。例年なら達成感に満ちた時間です。今年は違いました。

やり残したこと、届けきれなかった支援、壊された学校の写真。美しい王宮を前に、言葉を失いました。



それでも、この苦さを忘れないために、あえて乾杯しました。来年、胸を張って乾杯できるように。

11.帰国、そして次へ

12月22日、日本に帰国しました。「安全に行き、安全に帰る」という家族との約束を果たしました。だから点数をつけるとすれば合格点。

今回の訪問は、成功とも失敗とも言い切れません。ただ一つ言えるのは、「支援の意味」を深く考える時間だったということです。

来年は、もっと届く支援を。もっと現場に根ざした支援を。そう心に誓いました。

12.ともに歩んだ時間への感謝、そして2026年へ

今回のカンボジア訪問を振り返ると、支援内容や出来事以上に、「誰とこの時間をともに過ごしたか」が、強く心に残っています。

そして今回の訪問では、バンコクから駆けつけてくれたPちゃんが同行してくれました。慣れない環境、先の読めない日程、情勢の不安がある中で、同じ時間と空間を共有できたことは、私にとって大きな意味がありました。特別なことをしたわけではありませんが、同じ車に乗り、同じ景色を見て、同じ出来事を受け止める人がそばにいるというだけで、気持ちの持ちようは大きく変わります。現地で活動を続けるうえで、精神的な支えになっていたことは間違いありません。心から感謝しています。

また、吉川さんにも深く感謝を伝えたいと思います。同行していただいた数日間は、決して楽な行程ではありませんでしたが、同じ現場を見て、同じ空気を吸い、同じ時間を過ごせたことが、今回の訪問をより立体的なものにしてくれました。移動中の会話、沈黙、夜の一杯。その一つひとつが、この旅の大切な一部です。一人ではない時間があったことに、改めて感謝しています。

まずは、滞在中ほぼ毎日のように姿を見せてくれた猫のPちゃん。名前を呼んでも返事をするわけでもなく、こちらの都合を気にするでもなく、ただニャーニャーにぎやかにそこにいる存在でした。活動で気持ちが張りつめて部屋に戻ったとき、階段のあたりで待っていたり、足元をうろうろしていたりするその姿に、何度も心を緩めてもらいました。何も語らず、何も求めず・・・いやエサ以外は何も求めず、それでも確かに支えになってくれた存在です。無事に生き延びて、来年また元気な姿を見せてくれることを願っています。

そして、この長い訪問記を最後まで読み続けてくださった皆さん、本当にありがとうございます。日々の活動報告だけでなく、迷いや葛藤、うまくいかなかったことまで含めて書いてきました。それでも読み続けてくださる方がいるという事実が、現地での大きな励みになっていました。

2025年のカンボジア自転車プロジェクトは、すべてが予定通りに進んだわけではありません。届けきれなかった支援、やり切れなかった思いも残っています。それでも、皆さん一人ひとりのご協力・ご支援によって、子どもたちの生活の中に「通学の自由」や「学ぶ機会」を確かに残すことができました。この事実だけは揺るぎません。

2026年のプロジェクトも、すでに静かに動き始めています。今年見えた課題を正面から受け止め、より現場に根ざした支援を目指して、またカンボジアに向かいます。完璧ではなくても、誠実に、驕らず、続けていくこと。その姿勢だけは変えずに進みます。

引き続き、2026年のカンボジア自転車プロジェクトも、どうぞよろしくお願いいたします。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。