【カンボジア訪問記2025】10日目「Pちゃん、ありがとう!」(2025/12/13)

毎年お伝えしているご留意事項

今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。

皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」


と心配したり怒ったりしないでください。

本日の活動内容

本日の活動エリアはコンポンチャム州とコンポントム州です。計4つの自転車修理クラブへパーツ補給を行います。

日付 学校 内容
2025/12/11 SORT TOEP中学校 自転車修理パーツ補給

コンポンチャム州

Kampong Cham

 

チョエンプレイ郡

Choeng Prey

 

MEAN CHEY中学校 自転車修理パーツ補給
TUOL ANDAET中学校 自転車修理パーツ補給

コンポントム州

Kampong Thom

 

タンコーク郡

Taing Kouk

HUN SEN PHNOM SANTUK中学校 自転車修理パーツ補給

サンタク郡

Santuk

午前中の活動

本日はコンポンチャム州とコンポントム州で計4つの学校にてパーツ補給です。Pちゃんが同行する最終日です。時間がたつのはとってもはやい。今日も気張ってまいりましょう。

朝食

今日の朝食は・・・いつもの定番「クイテウサイチュルーク(豚米麺)」に戻ってきたと思いきや「クイテウチュアンソッ(骨付き豚米麺)」にしてみました。骨付き豚肉大好きなんです。となりのタレを付けて食べてみたりして味変も可能です。

お店の入口では豚まんコーナーが。お腹いっぱいだったのですがPちゃんが「食べてみよう」と誘ってくれたので買ってみることにしました。3個で7,500リエル。約2ドル。です。1個100円ぐらいですね。

中身はこんな様子です。少し皮があつめ。日本の豚まんみたいにフワフワしてなくてしっかりタイプです。中身はもちろん豚肉なんですが、真ん中に小さな卵が入っていました。ウズラかな?わかりませんが・・・ 

SORT TOEP中学校にてパーツ補給

SORT TOEP中学校に到着しました。

入口には大量の自転車。補給された交換用パーツでたくさん修理してほしいものです!!

ヴィリャックさんが今日も自転車修理クラブの運営についての説明を担当。

そして「ありがとうメッセージビデオ」を撮影。

安田は子どもたちの写真を撮っていました。では笑顔あふれる様子をご覧ください!!

そうそう、今日から(遅い?)アンコールワットマラソンで使っていた自撮り棒を導入。子どもたちのウケもいいみたい。来週の後半戦にも積極的に使っていきたいと思います。

学校を出て道中にPちゃんから質問が。

「ところで、あの子たちEDFカンボジアの活動が日本からの支援で行われていること知ってるの?」

どうしてそう思ったかというと、子供たちのなかには「アニョハセヨ」って声をかけてくる子がいたそうです。そっか、僕らでも中国人、韓国人と見分けがつかないことが多いのでカンボジアの子供たちにはわからなくて当然。

自転車寄贈セレモニーのときはしっかりスピーチで「日本の200人以上の人たちが支援してくれました」って言っています。しかしパーツ補給については・・・

こんな風に子どもたちとクメール語会話を楽しんでいるときは、「私の名前はカツヤです。日本から来ました。」って言っているのですが、子どもたちにとってはこれが唯一「あぁ日本からの支援なんだ」と気が付く瞬間。

また来年に向けた改善点が見えてきました。私はいつも日本の先人たちがカンボジアの支援をがんばってくれたからこそ、カンボジア人と日本人の信頼が厚く、このプロジェクトがスムーズに続けられるのもそのおかげだと思っています。その連綿と続くながれを絶やさないためにも、カンボジア自転車プロジェクトも日本の人たちの支援によるものなのだとわかりやすく、そしてさりげなく伝えられる工夫をしようと思います。

MEAN CHEY中学校にてパーツ補給

2つめの学校、MEAN CHEY中学校に移動してきました。

こちらも大量の自転車が。それにしてもボロボロ。みんな修理しながら大切に乗っているようです。

自転車修理クラブの運営についての説明。

そして、ありがとうメッセージビデオの撮影。日光が強すぎて暑い!!はやく撮影を終えて日陰に避難しなければ!!

そして、子どもたちの笑顔の写真です。

  

TUOL ANDAET中学校にてパーツ補給

今日、3校目のTUOL ANDAET中学校に移動してきました。

イケメンのお猿のお出迎え。

と、思っていたらどうやら12の干支が決まるエピソードを表した像のようでした。となりが小学校併設なので子供たちは遊びながら干支を覚えるのかもしれません。先頭が亥で末尾が子(ねずみ)でした。龍はナーガ像でした。

ヴィリャックさんによる自転車修理クラブの運営についての説明。

ありがとうメッセージビデオの撮影。

そして笑顔の子供たちの写真です。

    

ここまでで午前の部は終了です。

午後の活動

午後は昼食と残り1つの学校への修理パーツの補給です。でもその補給が・・・その前に昼食の内容をご紹介します。

昼食

Pちゃんとカンボジアの昼食の定番ベスト料理を選んでいました。4つあがったのですが、そのうち3つを注文しました。

Pちゃんお気に入りのグリーンペッパーとイカの炒め物。

ナスとひき肉の炒め物。これは昨晩、Pちゃんと行ったレストランでとてもおいしかったので。

そして、干し魚を入れた卵焼き。

残りの1つは「揚げ魚の甘酢あん」です。昨日食べたのでその写真を掲載いたします。

お昼を食べてもまだ少し時間がありましたのでまったりタイム。

こっそりPちゃんを隠し撮り。ハンモックで30分ぐらいでしょうか。ゆっくりしました。

HUN SEN PHNOM SANTUK中学校にてパーツ補給・・・の予定が・・・

本日最後の学校HUN SEN PHNOM SANTUK中学校に到着しました。

まだ先生が来ていないみたいなので子どもたちとクメール語でおしゃべり。

その様子をPちゃんが動画で撮影してくれていました。せっかくなのでYouTubeに掲載しました。安田のたどたどしいクメール語をどうぞ!

さて、おしゃべりタイムも終わり・・・

「まだかな?」

ヴィリャックさんがずっとスマホで誰かに連絡を取ろうとしています。

・・・もしかして・・・

ヴィリャックさんが申し訳なさそうに言ってきました。

「校長先生と連絡が取れません。土曜日は午前の授業のみで子供たちはもう帰ってしまいました。」

とのこと。午前のみで授業が終わるのは承知していました。先生に頼んで一部の子供たちに午後に再び集まってもらうよう依頼しているのが通常のパターンなのですが・・・

まぁどうしようもありません。諦めます。

肩透かしをくらってプノンペンへ・・・

中止が決まったときにPちゃんと話していたのですが、「これ、おれらだからいいけれど、もしこの学校だけを訪問しに日本から支援者が来てたらどうしてたんだろうねぇ・・・」という話になりました。確かにそれは怖い。EDFカンボジアはともかく、学校の校長先生もそこまでは考えが至ってないんだろうなぁと推測。

「まぁ10年もやっていればそういうこともあるよね。」

という、安田のカンボジア慣れがいつしか日本の支援者に不愉快な思いをさせることがあるかもしれません。気を付けなければ。

夕食

Pちゃんにとってはプノンペンでの最後の夕食。EDFのメンバー3人と一緒に食事しました。

お店は先日も行ったおいしい中華&クメール料理のお店。もうホテルに送ってもらうのではなくEDFカンボジアのオフィスで降ろしてもらうことにしましたので、少しだけオフィスにおじゃまして2キロほどテクテク歩いてまいりました。それでも灼熱のカンボジアだから汗だくだく、喉カラカラ。17時30分についたのですが待ち合わせは18時から。だから・・・

Pちゃんと協力して、きちんとビールが冷えているかEDFカンボジアのメンバーのために事前チェックすることにしました。

ほどなくしてメンバーが勢ぞろい。ここで安田はやらかしました。Pちゃん、最後の日なのに集合写真を撮り忘れるという・・・料理の写真だけでご勘弁ください。

エビフライ。ソースはタルタルじゃなく激辛甘辛ソース。

カンボジアの茶わん蒸し・・・いや、卵焼き?だし巻き?

先日も頼んだ生牛肉と野菜のサラダ。

骨付き鶏肉のショウガ炒め。

野菜の・・・野菜の・・・チャンディさんが頼んだのでわかりません。インゲン豆とか色々入っています。

ナスのひき肉いため。

こっから文章長いです。すみません。

ビールを飲みながら・・・なんと5人でビール31本。たくんさん飲みました。そして色々な話をしました。もちろんタイとの衝突のこと、EDFグループの今後のこと、子供支援や教育支援の考え方、カンボジアにおける教育事情のこと、EDFスタッフのみんなのこと、過去、現在、未来、色々なことを話しました。

楽しい時間を過ごしながら安田の頭の中には「来年もこの楽しい時間がきっときますように」という願いでいっぱいでした。カンボジアは悲しい過去がたくさんある国です。来年どころか明日また訪れるはずの未来がガラッと変わってしまう国でもあります。

Pちゃんは言いました。

「来年は陸路で来ます。」

ステキな宣言です。いま、となりの国タイからカンボジアへの陸路は閉鎖されています。飛行機でしか来られないのです。Pちゃんが陸路で来られたらそれは今よりも平和なときが訪れていることを意味します。

そしてPちゃんは言いました。「来年はバッタンバンとか国境近くのプノンペンから遠いところを訪れたい。」これも実現すれば今よりもかなりマシな未来が訪れていることになります。

カンボジアにいると国境付近の学校や橋が爆撃され子供たちが逃げまどう動画がたくさん流れてきます。昨日、私が泊まるホテルの前はタイの行動に対する反対のデモ隊が行進していました。その多くは若い人たちでした。それだけ聞くと「カンボジアは国中が緊急事態だ」と感じるかもしれません。しかし大半の地域は普通に生活しています。今日訪れた学校も普通に授業があり、普通に子どもたちは過ごし、この緊張が頭の片隅にあるに違いないのに安田が向けたスマホに笑顔を向けてくれました。そもそも普通に生活しておかなければ収入が途絶え日々の生活に影響を与えるので、できることは普通にやる日常を装っているのかもしれません。

私はタイとカンボジアの衝突、ウクライナとロシアの衝突、そして日本と中国の衝突、いろいろなニュースを見て、このSNS時代に何が本当のニュースで何がフェイクのニュースなのか判断が難しくなってきていると感じています。そしてお互いの国に考えや主張がある。「中国の主張だなんて・・・」と思うかもしれません。無茶苦茶なこと言ってきていると感じているのも確かですが、様々な考えがあること自体は受けとめる必要があると思っています。それは思想の自由があるから。そしてそれに賛成する人、反対する人の両方がいることも確か。それは主義主張は人によって違うから。それをいったん受け止める多様性があるのが日本だと思っています。門前払いじゃなく、「そういう考え方をする人もいるよね」と受け止め、「ではどういう話をしましょうか」と前を向く。それが日本だと思っています。

僕はこの国に生まれたこと、育ったこと、そして「日本の友達からの支援です」と言いながら子どもたちに自転車を配れることを誇りに思っています。

今回のタイのことは外交など難しいことはさておき、逃げ惑うカンボジアの子供たちの映像を見たり、実際に安田が訪問先として予定していたエリアが危険のため休校となり変更を余儀なくされたり。EDFのチャンディさんいわく。今日のタイの攻撃は私たちが訪問する予定だった学校の12km先だったそうです。安田は訪問してその現場にもし出くわしていたらと思うと足が震えます。

そして爆撃された学校。校舎が壊れたり、あるいは日本の支援で建てられた女子寮やトイレも被害にあっているかもしれません。1ミリずつ積み上げたもの。10年経って1センチになり、それを1秒で吹き飛ばすのが戦争だと思っています。

何もかもが腹立たしい。だからこそ、足を止めずに前に進む。その気持ちは言わずともEDFのチャンディさんには伝わっていました。「危険を避けながら、行けるところは全部行って自転車修理ができるパーツを補給する」です。訪問中止のエリアがありながら、安田が滞在中にまわるパーツ補給の数は過去最高になりそうです。

「負けてたまるか。パーツ配りまくるねん。子供たちが待ってるねん。みんなの思いを届けるねん!!」

そんな気持ちでEDFのメンバーと食事をとっていました。

猫のPちゃんのこと

ホテルに戻ってきました。今日からオープンという1Fのラーメン(クイテウ:米麺)屋さんで締めラーメンをいっぱい。

猫のPちゃんのために人間のPちゃんがたくさんの猫フードを買いました。でも彼は明日帰るので、そのエサをあげる役割は安田だったります。

人間のPちゃんのためにも猫のPちゃんの近況報告はこちらのブログで引き続きお届けしようと思っています。

本日のまとめ

今日はコンポンチャム州とコンポントム州で、4つ(正確には3つ)の自転車修理クラブを訪問し、パーツ補給を行いました。どの学校でも、修理を待つたくさんの自転車と、変わらない子どもたちの笑顔が迎えてくれました。修理クラブの運営説明やありがとうメッセージを重ねる中で、「自転車を直せること」が学びを続ける力になっていることを、改めて実感する一日でした。

一方で、本日予定していた最後の1校は、学校側の事情により活動は途中で中止となりました。10年続けてきた中で、こうした想定外の出来事も少なくありません。だからこそ、日本からの支援によってこの活動が成り立っていることを、よりわかりやすく、丁寧に伝えていく必要性も見えてきました。来年に向けた大切な課題として、しっかり受け止めたいと思います。

夕方からは、Pちゃん同行最終日。EDFカンボジアのメンバーと食事をしながら、今の情勢、教育支援の意味、そしてこれからの未来について多くの話をしました。国境付近では緊張が続く中でも、今日訪れた学校では子どもたちが普段通り学び、笑顔を向けてくれる。その姿を前に、「できることを、できる場所で、やり続ける」ことの大切さを強く感じました。

戦争は、10年かけて積み上げたものを一瞬で壊します。だからこそ、立ち止まらず、足を止めず、パーツを届け続ける。子どもたちが待っている限り、この活動を前に進めていきます。

最後までご覧いただきありがとうございました

最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。

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