毎年お伝えしているご留意事項
今回のカンボジア訪問も、渡航費・滞在費はすべて安田の自費です。
皆さまからのご支援金は、自転車や修理クラブ用の工具・パーツ、寄贈セレモニー費用、返礼品準備、EDFカンボジアの活動費用など、プロジェクトの運営にのみ使用しています。
そのため、ブログに登場する「マラソン参加」、「友達の家訪問」や「夜の懇親会」などは、すべて安田の自費で行っております。
「俺らの支援金で遊んどるんちゃうやろな!?」
と心配したり怒ったりしないでください。
本日の活動内容

おはようございます。カンボジア自転車プロジェクトの安田です。
今日は15日、いよいよ現地活動も2週目に入りました。
今日は2か所の自転車修理クラブへのパーツ補給です。1つはタケオ州コーアンダッテ郡にあるKRA POM CHHOUK中学校、もう1つはコンポンスプー州プノンスラッチ郡のMOHASANG中学校です。もともとこの日はバンテアイミンチェイ州にて自転車寄贈セレモニーを行う予定でしたがタイとの衝突で国境に近いこの州は危険とみなして予定を変更しました。それでも休みにしてしまうのはもったいないとEDFカンボジアが学校と連絡を取ってパーツ補給の訪問先のアポをとってくれたんです。
| 日付 | 学校 | 内容 | 州 | 郡 |
| 2025/12/15 | KRA POM CHHOUK中学校 | 自転車修理パーツ補給 |
タケオ州 Takeo |
コーアンダッテ郡 Koh Andaet |
| MOHASANG中学校 | 自転車修理パーツ補給 |
コンポンスプー州 Kampong Speu |
プノンスラッチ郡 Phnom Srouch |
午前中の活動
朝食
6時30分にホテルを出発。タケオ州はとにかく遠いのです。途中、朝食タイム。
今日は「クイテウココー」にしました。クイテウはこの訪問記でも頻出の料理。ベトナムのフォーのようなもの。米麺です。ココーは昨日登場した「ノンパン・ココー」にもあった牛スジやモツを混ぜた濃いスープのことです。これらが組み合わさって「クイテウココー」。朝から濃い味ですが元気いっぱいになりました。
KRA POM CHHOUK中学校へパーツ補給(久しぶりにきた、全然ダメダメ運営の自転車修理クラブ)

学校に到着しました。子どもたちはすでに集まっていますが先生が見当たりません。

10分ほど待ったら先生が到着。なにやらヴィリャックさんと話をしています。
ヴィリャックさん曰く、「正直、去年のパーツもほとんど使えていないので今年はいりません。」と言っているそう。
そうなの?ところで自転車修理の工具や交換パーツを入れる箱は?
そう尋ねると先生は把握していない様子。
「工具や交換パーツの箱の所在もわからないのに、どうやって自転車修理クラブを運営するねん!!」
その先生は他の先生に電話で連絡をとり、所在が判明。

学校の一番端の方の倉庫。

その倉庫の一番奥の方、ぜったい子供たちの目に触れない、そして一人では取り出せない場所に鍵も頑丈にかけられて箱はおいてありました。

パーツもすべてそのまま残っていました。

もう、なんだかやるせない。悲しい。気持ちがまったく伝わっていない。
去年も訪れて自転車修理クラブの運営方法については説明したはずなんです。
※その年は安田が帰国後にEDFカンボジアのみで訪問してくれました。
そのときの写真を確認。

ほらっ。左から3番目の先生。この先生が今日対応した先生です。
「去年、運営方法説明してなかったかな?」
いえいえ、こちら去年の写真。

ヴィリャックさんがちゃんと説明しています。本当にくやしい!!!
それで、ヴィリャックさんと相談して、自転車修理クラブを移設することにしました。

工具箱、去年の補給部品などもすべて撤収。
集まった子供も何のことか意味がわからず解散。きっと集まった子供たちは自転車修理クラブのことを知らなかったと思います。「そんな、道具や部品があったら修理したかったのに」という子供もいたと思います。
運営方法を説明するといっても年1回の訪問。全校生徒や全先生を集めて説明会を開くわけでもない。だからこうしたことが起こる。だから先生が100%悪いわけではない。私の運営方法にも問題があります。過去10年の間に3回ほどこうしたことが起こり自転車修理クラブを移設することがありました。
移設先はEDFカンボジアが選定してくれます。工具や交換用部品を有意義に活用してくれる中学校を探してくれます。今年ご支援くださった方、昨年ご支援してくださった方、個別に連絡させていただきます。本当に申し訳ございません。移設後の様子を写真やビデオに収めて子どもたちの笑顔満載の様子を必ずお届けいたします。
午後の活動
昼食
午前中唯一のパーツ補給が不発に終わり、何だか気分も沈みがちですが切り替えていきます。
今日はPちゃんも帰国していないし、ヴィリャックさん、デビットさんと安田の3人だけの食事。いつもならおかずは3品なのですが、人数が少ないので2品。

蒸し鶏

太いアスパラみたいな食感の野菜炒め

そしてこちらカンボジアのオリジナルコーラ。おなじみのコーラより刺激はマイルド。甘さが強いように思いましたが、とっても「チュガニュ(おいしい)!」

そういえばカンボジア産かどうかを見分ける方法を教えてもらいました。バーコードの数字が847で始まるものがカンボジア産の証だそうです。
MOHASANG中学校パーツ補給
昼食を終え車で2時間。タケオ州も遠ければそこからコンポンスプー州も遠い。今日が2校だけのスケジュールだったことも納得。

学校の校門前に到着。どうやら道路工事中。

でも隙間を通らせてもらっていよいよ学校の中へ。
今回は土曜日の夕食時に話し合った2つの改善点を実施。何の改善かといいますと、これが日本発のプロジェクトによる支援であることのアピールです。

1つ目はカンボジアと日本の国旗を子どもたちに持ってもらうこと。これで日本からの支援だってことがわかります。

2つ目はヴィリャックさんの自転車修理クラブの運営の説明の前に安田が短めスピーチを入れること。スピーチは短めですが、「日本から来ました。日本の友達がこの自転車修理クラブの支援をしてくれました。」というところをアピール。

そしてヴィリャックさんのいつもの自転車運営方法の説明。

ありがとうメッセージビデオの撮影。
それでは、子どもたちの笑顔あふれる写真をどうぞ!!

さぁ帰ろうと思いましたら・・・あれっさっきの工事中だった道路が・・・

土砂でせき止められている。これでは車は全く通れません。幸いまだ工事中だったので重機で作業をしていた人たちに、申し訳ないけれどあの土砂の山をどうにかしてもらえないか依頼。

即座に動いてくれました。

無事学校から脱出しプノンペンへの帰路につくことになりました。
猫のPちゃんと洗濯

ホテルに帰ると猫のPちゃんが待っていてくれました。早速人間のPちゃんが買い置きしてくれたキャットフードをあげました。口がこえてしまうんじゃないでしょうか。あと一週間足らずで安田は日本に帰ってしまいます。でも、ここの宿泊客が誰か引き継いでくれるでしょう・・・

そして洗濯。洗濯を終えて訪問記の作成開始。今ここまで書けました。これからジョンと晩御飯にいく約束になっています。これ以降は晩御飯から帰ってから書きますね。
19時:ジョンとの食事・・・不発
ホテルに戻ったのは17時頃。洗濯やブログを書くなどして夕食の約束の時間が近付いてきました。タイとの衝突が気になるので定期的にチェックしているサイトを確認。
「ひどなっとるやないか。」
昨日、トランプさんが言う「停戦合意」。少なくともタイ側には何の効力もないようでニュースでは国境よりもより内側のエリアで戦闘機による攻撃があったようです。外国人観光客が多いから大丈夫だろうと言われていたシェムリアップ州の北部のバンテアイミンチェイ州との境あたりです。橋と難民キャンプの近くが狙われました。
ものすごい苛立ち。腹立たしい。カンボジア人の友達とFacebookでつながってるので、彼らがシェアする攻撃の様子、防空壕に非難する子どもたち、破壊された橋、飛び去る戦闘機などの動画が流れてきます。
今週の活動にも影響するでしょう。安田のイライラはマックス状態。
でも、約束だから・・・19時にホテルの入口に降りてくると、ジョンが「今から仕事(トゥクトゥク)だから5分で帰ってくるから待ってて」と言いました。
もちろんトゥクトゥクの仕事を優先してもらって構わないのです。仕事の邪魔をしてまでごはん食べに行かなくてもいい。でも5分じゃないでしょ。誰が5分で往復できるところにトゥクトゥクお願いするねん。いつもなら、「いいよ。いいよ。待ってる。待ってる。」と流せるものが我慢できなくなっていました。
無言でホテルの部屋に戻り、「もう寝るから」とだけメッセージを送りました。いっかい落ち着きたかったんです。そして本当に疲れていて眠りたかったから。
21時:ジョンとの食事・・・成立
2時間ほど眠りました。スマホを見るとジョンから何度か着信とボイスメッセージが。「そーりー」の言葉も。ホテルの前に帰ってきたよというメッセージが19時30分。「やっぱり5分ちゃうやん。もういいわ。」と無視して、バルコニーの洗濯物の乾きをチェック。そしたらホテルの前にジョンのトゥクトゥクがありました。
どうしようかと悩む。ほっとくか。でも10年付き合ってきた大切な友達。今年はなんかすれ違いが多いような気がするけど・・・1回目のすれ違いは義理息子チャイヤのせいだし、2回目のすれ違いは安田のイライラのせいだし、よく考えてみればジョンはいつも通りのジョンだったわけで・・・ホテルを出て、「ごはん行こう」と告げました。

ジョンは晩御飯を済ませたそうなので軽く・・・

一番お気軽な道端の屋台へ。でも食べるのは同じ牛焼肉。

牛赤身とモツの焼き肉です。これをつまみながらビール。
気まずい・・・話はまったく弾みません・・・といいますか、英語がよくわからないジョンとクメール語がわからない安田で話すことなどもともとないのですが。雰囲気だけで楽しんでいたのに今はぎくしゃく。
ん?クメール語がわからない・・・こともない。ジョンがしゃべりたいことは全くわからないけど、安田がわかる会話で今更ながらの質問をクメール語でしてみることにしました。
「ミアンコンポンマーンネアック(子どもって何人いるの)?」
答は知ってるんですけど・・・「4人」
娘?息子?って聞きたいけど、娘や息子のクメール語がわからない。
「バイ(3)ドーター、ムオイ(1)サン?」って英語とクメール語が混じる。
答は「バー(イエス)」
「ティムオイ(1番目)ドーター、サンインロー チャイヤ?(1番目の娘さんのダンナがチャイヤ?」
英語交じり。答えは「バー(イエス)」
「ティムオイドーター、ティピー(2番目)ドーター、ナウ プノンペン?(1番目と2番目の娘さんがプノンペン在住?」
「バー(イエス)、ティバイ(3番目)ナウ スヴァイリン」などなど。
知らないことも聞き出せました。
ジョンは4人の子供がいて、長女(ダンナはチャイヤ。ビール中毒の問題児)、次女(ダンナはサー。ナイスガイ)、三女(スヴァイリン在住。結婚して最近子供が生まれた。ダンナはシェムリアップでドライバーの仕事)、長男(名前はドン。トゥクトゥクの仕事)。長女と次女は事務員の仕事。チャイヤはビールばかり飲んでるからトゥクトゥクの仕事はあまりできていない。ジョンの奥さんは病気がち。10年前から薬ばっかり飲んでいるけどまぁ元気。
9割以上知ってること。そう、10年も付き合っていればそれぐらい知ってる。
これからも友達でいよう・・・かな・・・と思ったのでした。
「チッルイ(お勘定して)」でお会計を済ませ
「トッタウ(行こうか)」でお店をあとにしました。
なんや、おいら結構クメール語話せるやん。
ラジオ出演告知!!

12月16日(火)日本時間18時〜
FMいずみおおつ「毎日が果曜日」にカンボジアから現地リポートで生出演します。
現在カンボジアで行っているカンボジア自転車プロジェクトの活動の様子や、現地で感じていることをリアルな声でお届けします。
視聴方法
FMいずみおおつのHP・アプリから
https://fmizumiotsu.jp/
ぜひお時間合いましたらお聴きください。
本日のまとめ
現地活動2週目が始まりました。今日は本来予定していた自転車寄贈セレモニーが情勢悪化により中止となる中、EDFカンボジアの調整によって2校の自転車修理クラブを訪問する一日となりました。
午前中に訪れたタケオ州の学校では、自転車修理クラブがまったく機能していない現実を突きつけられました。道具やパーツは倉庫の奥に眠り、子どもたちの目に触れることすらない状態。支援の想いが届いていなかったことへの悔しさと同時に、「伝え方」「仕組み」の弱さを改めて反省する機会となりました。移設という判断は苦しい決断でしたが、子どもたちのために最善を尽くすための前向きな選択だと考えています。
午後に訪れたコンポンスプー州の学校では、日本からの支援であることを明確に伝える新たな取り組みを実践しました。国旗を掲げ、短いスピーチで想いを伝える。子どもたちの笑顔を見て、「改善は確実に意味がある」と実感できた時間でした。
一日の終わりは、ジョンとのぎくしゃくした時間から、少しずつ言葉を交わし、また向き合う時間へと変わっていきました。怒りや疲れ、不安定な情勢の中で心が揺れるのも正直なところです。それでも、逃げずに話し、聞き、関係を続けようとすることも、この国で活動を続けるうえで大切な一歩だと思います。
思い通りにいかないことも多い一日でしたが、だからこそ見えた課題と学びがありました。明日もまた、できる場所へ行き、できることを一つずつ積み重ねていきます。
最後までご覧いただきありがとうございました
最後までご覧いただきありがとうございました。これで本日のブログを締めくくります。
