2016年に自転車をもらった子の7年後

おはようございます。カンボジア自転車プロジェクトの安田です。

本日は「2016年に自転車をもらった子の7年後」と題しまして、ときどきこのブログに登場する奨学生のリンナちゃんのことについて書きたいと思います。

なんで”カンボジア”なん?

 

私が最初に興味を持ったのは奨学金による子ども達の支援でした。インターネットで情報を集めていると、今もこのプロジェクトに協力してくれている民際センター(https://www.minsai.org/)さんのホームページにたどりつきました。2015年のことです。民際センターさんが支援しているのは東南アジアのメコン川流域にある5カ国です。

※この地図は民際センターさんのホームページに掲載されているものです

ちょうどそのころ仕事でミャンマーに行くことがありました。ミャンマーではこんなことがありました。経済環境も大きくかわり外国企業からの投資・参入があいついでいます。豊かになっていくミャンマー。そして貧困の差も大きくなっていました。食堂で食事をとっていると赤ちゃんを連れたお母さんがお金を恵んでほしいと声をかけてきます。小学生ぐらいの子どもも同じ。1ドル紙幣を渡そうとすると現地の人が信じられないことを言いました。

 

「やめておいたほうがいい。こうした活動は組織的に行われており、この赤ちゃんとお母さんも本当の親子かどうか怪しい。ひどいときは赤ん坊の手足を切断して、「この子の治療費が必要だからお金がほしい・・・」と寄付を募る人もいる。そして、そうした人たちを束ねるグループも存在する。寄付をしたお金の駄賃程度はこの人に入るかもしれないが、寄付する人がいるかぎり、犠牲になる子どももなくならない」

 

言葉が出ませんでした。でも「どうしてそんなことになってるんやろう・・・」と思った程度で自分で何か行動に・・・とは思いませんでした。

奨学金の話に戻ります。ミャンマーでのそうした経験と、後に見つけた民際センターのホームページ。そこにはミャンマーも支援しているとあったので、民際センターさんを通しての奨学金支援をすることに決めました。

こちらの奨学金はダルニー奨学金といって自分の支援したお金がどのように使われているかが明確にわかる仕組みになっており、自分が支援したお金で学校に通えている子どもの写真が年に一度送られてきます。マンツーマンの支援といいますか、子どもとのつながりが感じられる素敵な仕組みです。これは安田の自転車プロジェクトにも取り入れたアイデアでもあります。

でもどこの国の子どもを支援するかで少し悩みました。きっかけはミャンマーでもあるのですが、東南アジアで将来仕事をしたいと思っていたので、5か国全部一人ずつ、計5人の子ども達を支援することにしたのです。(この5か国一人ずつの支援は今も継続しています)

こちらが冒頭にも掲載した写真ですが、これまで支援してきた子ども達。子ども達が中学校を卒業すると、また新たに1年生を支援する継続型なので、だんだん子ども達の写真の数が増えていきます。カンボジアの子供たちは計4人となりました。

リンナちゃん

 リンナちゃんは2015年から支援をしている、安田にとっては初めての奨学生です。こちらの写真はその2015年、民際センターから送られてきました写真です。2015年にカンボジアを訪問し実際にあってきました。そのときは「将来は看護師さんになりたい」と夢を語ってくれました。

3年後、に再び会ったとき、「進学したい。支援をお願いできないか。」というお願いをうけて民際センターさんの奨学金制度「ダルニー奨学金」とは離れて自分で高校で勉強するための支援を継続しました。

こちらが高校3年生となったリンナちゃん。無事高校を卒業しました。

高校を卒業したあと、近くの工場で働きだしたと聞きました。(コロナの影響で安田が彼女に会いにいけなかったため、EDFカンボジア(民際センター)さんから聞いた話です)

その事情は簡単に離すと、「看護学校が学校から遠いところにしかなく、寮に入ると祖母の世話をする人がいなくなる。」ということでした。そればっかりはどうしようもない・・・と安田は口出しせず彼女の幸せを願っていました。

こちらは昨年の2022年。3年ぶりにリンナちゃんに会ったときの写真。

当時のことを綴った安田のブログから引用します。

彼女、今は衣料関係の工場で働いています。月給は200ドルほど。ちなみにカンボジア政府は2023年の最低賃金を200ドルに定めました。※2022年は194ドル

だから最低賃金に近い収入となります。ただ、安田はこれを肯定的にとらえています。最低賃金なんか守られていない国なんです。農業従事者や日雇労働者は仕事が安定せず最賃なんかよりもっともっと安い賃金で働いています。彼女は高校を卒業し工場勤務という安定した仕事を得て2022年の最賃以上の収入を得ているわけです。彼女の家庭の貧困度合いはそれはすさまじく、2015年に訪問したときに「あなたの家庭が村の中で一番貧乏です」という村役場からのお墨付き(これがあると病院などが無料になる)を見せてもらったことがあります。

 

がんばって働いて貧困脱出。カンボジアの子供たちは皆、「貧乏だから金をくれ」とは言いません。「貧乏から抜け出すチャンスがほしい」と言います。彼女は看護師の夢は横においた状態ですが、貧困脱出のきっかけとなるチャンスをきっちりつかみ、努力し、そして自ら切り開いたと思っています。そんなことを思っているとまた涙腺が崩壊しそうに・・・泣きませんけど・・・安田の涙は1円にもなりませんから。

 

そうそう、彼女。念願のスマホをゲットしていました。51歳のオッサンが19歳のレディに「SNSでつながりませんか?」と申し出。リンナちゃん、本当にごめんなさい。あの環境では断れないよね。あとでブロックしてもいいからね(^^; 

というわけでSNSでつながることができました。

 

そして彼女にメッセージを伝えました。
「もし、何か困ったことがあったら、EDFのチャンディさんでも安田でもいいから必ず連絡ください。力になります。そのために仕事がんばります!」と。

 

看護師の夢の話は一切しませんでした。

夢なんか実現しなくってもいい。
夢なんか何回変わってもいい。
夢なんか無くってもいい。
とにかく幸せになってください。

 

会ってすぐ、挨拶を済ませたときに彼女は「中学高校とサポートしてくれてありがとうございました。進学できなくてごめんなさい(チャンディさん通訳)」といいました。あなたは謝ることなんて一つもしていない。ずっと貧困のなかでがんばってきたあなたにずっと勇気と元気をもらい続けていました。お礼を言うのはこちらのほうです。

 

そういえば、彼女、今日のために仕事を1日休んでくれたそうです。安田のせいでお給料減っちゃいますね。(有給休暇とかあるのかどうか知りません・・・)ごめんなさい。そして持参したポチ袋を渡しました。クリスマスプレゼントかお年玉みたいなもんでしょうか。もう前みたいに食べ物とかのプレゼントはいりません。一番使い勝手のいいものを渡しました。何かの足しになればと思います。

 

彼女は終始笑顔でした。その笑顔があればこれからも幸せにやっていけるのではないかと信じています。彼女の将来に1つでもたくさんの楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことが訪れることを願っています。

まさかの急展開

スマホを通してSNSでつながったリンナちゃん。ある日、学校の募集要項の写真を送ってくれました。

「そうだよね。学校行きたいよね。いつかいけるといいよね・・・」

なんて、思ってたんです。

でも彼女は「ここの学校に行きたいんです。来月までに申込しなければなりません。サポートしてもらえませんか?」と伝えてきました。

「えっ、おばあちゃんは?」と疑問に思った安田は、リンナちゃんも安田もブロークンな英語で話していても細かいニュアンスが伝わらないからEDFカンボジアのチャンディさんに連絡を取ってもらうことにしました。そしたら・・・

リンナちゃんは自宅から通える看護学校を見つけてきて、ここの入学を希望している。通う期間は3年間。毎年〇〇ドル必要だがお金がない。だから支援をお願いしてきた。

ということでした。そして

手続きはあと2週間ぐらい。試験は彼女は成績優秀だったからおそらく大丈夫。

とも。

安田の気持ちは1秒で固まり、即送金。「3年間何がなんでもサポートするから勉強して夢をつかんで!」とSNSを通してリンナちゃんにも伝えました。

そんな彼女の自転車

奨学金を通して知り合ったリンナちゃんですが、カンボジア自転車プロジェクト2016で自転車を受け取っています。

下の写真はその翌年2017年に訪問したときのもの。通学に自転車は大切に使われているようでした。

先日SNSのテレグラムで彼女に「あの自転車まだ使ってる?」と聴いたら、「もちろん!」と返事が返ってきました。「もしよかったら写真送って!」とお願いしました。看護学校と病院での実習で超大忙しの彼女。お願いしてから約1か月後、写真が贈られてきました。

皆さんのご支援が自転車となって子どもたちの夢へとつなぐ

彼女は無事中学を卒業し、高校を卒業し・・・工場勤務を経て、いま看護師になるために学校に通っているのです。カンボジア自転車プロジェクトでもらった自転車で。

それは彼女の夢へとつながっていきます。

最初の目的は貧困からの脱出。彼女は奨学金と自転車で一生懸命勉強し学校でも上位の成績を維持してきました。(ちなみに自転車プレゼントは学校の成績は関係ありません。いかに貧困で自転車が無くて通学に困っているかだけで判断されます。)それは勉強をがんばってよい就職先に勤めればお給料がたくさんもらえて貧困から脱出できるからです。

でも彼女は最初に会った2015年のときから「看護師になるのが夢」と言い続けて、そして追い続けて、もう少しのところまで来ました。夢を諦めないで追い続ける勇気を与えてくれています。元気を与えてくれています。

皆さんのご支援で過去に自転車をもらった子たちも、それぞれの人生、学生生活のなかで自転車は希望の光を与えてくれていると思っています。彼女のようにひとりひとり詳細にその後の経過を追いかけることはできないのでご紹介することもかないませんが、もし「会ってみたい」とご希望がありましたら、全力でサポートいたします。

最後はいつものお願いです!

カンボジア自転車プロジェクト2023の募集は2023年9月30日までとなります。まだ大募集中です!!
※それ以降は翌年の2024年度分となりますのでご容赦ください。

皆さまからのご協力お待ちしております!

こちらのページよりお申込みください。

また、クレジットカード等の利用をご希望される場合は、Yahoo!ショッピングの方もご利用ください。

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