訪問記10日目(2022/12/20)コンポンチュナン州にて自転車寄贈式とパーツ補給4カ所!そして二人の奨学生に会ってきました!!

こんばんは。カンボジア自転車プロジェクトの安田です。ただいま12月20日、カンボジア時間の21時ちょうど。今日は盛沢山の一日でした!!それでは早速の訪問記お伝えしたいと思います!!

朝ごはん!!

今日も朝6時に集合して出発。プノンペンの朝のラッシュを避けるべく、まずは目的地に向かって走り出します。そして朝食。今日も米麺にしました。具は牛スジ。朝からがっつりですけど、おいしかったです!!

自転車寄贈セレモニー in コンポンチュナン州Baribo郡

今日の活動エリアはコンポンチュナン州。地図でいうとこんなところです。

プノンペンから比較的近い州ですが、その州の北部にあるBaribo郡。すでに自転車修理クラブも2カ所あってお馴染みの場所です。

学校につくと生徒たちが並んで出迎えてくれました!!

そして、早速セレモニー開始。すでに準備万端で待っててくれて、逆に安田の準備で待たせてしまったぐらいです。Youtube生配信にもチャレンジしてみましたが、電波状況が悪くて断念しました。楽しみにしていただいていた方すみません。

でもビデオカメラで撮影したものがありますのでこちらをどうぞ。

と、いいましても専属ビデオカメラマンがいるわけでもなく、変なアングルで、しかもあまり画面変化がなくってすみません。少人数で行っているものでご容赦いただければ幸いです。

みんな、自転車がもらえてとっても嬉しそうです。と、いうわけで子どもたちの笑顔の写真を数点。

セレモニーが終わりましたら返礼品となる自転車の個別写真の撮影です。今回は50人の生徒たちに自転車がプレゼントされました。 

ここで、トラブル発生。なぜか自転車プレートが1枚紛失。ちゃんとセレモニー開催地別、学校別にラベリングしてパッケージにしたのですが・・・この短時間になぜ無くなるのかも全く不明なのですが・・・予備で用意した白紙プレートに油性マジックで手書きすることになりました。該当の自転車寄贈者のMさん、すみません・・・

なんでやねん!!

そして、この後、自転車をプレゼントされた子どもたちのうち2名の家庭訪問を予定していました。学校を後にして訪問しますと・・・なぜか自転車をもらっていない生徒宅へ。2人目は中学生ではなく高校生のお宅へ・・・。一応状況をインタビューしたのですが、インタビューされる側からすると事前にお願いしているとは言え何が何だかわからない状態だと思います。EDFカンボジアのチャンディさんも困惑気味。インタビューのお礼の品をお渡しして終了。でも自転車プロジェクトとは無関係なお二人の状況をここでお伝えしても・・・と思いますので掲載は見合わせます。
今後、チャンディさんと学校の先生のきちんとした連絡と確認をお願いしておきました。

お昼ご飯

気を取り直してお昼ご飯。1枚目の写真は野菜のスープと香草根菜・鶏肉の炒め物。 

そして生野菜と魚肉の入った卵焼きです。みんなでシェアしていただきました。

午後からは4つの自転車クラブへパーツ補給

午後は4カ所の自転車修理クラブへのパーツ補給を行いました。セレモニーが行われたBaribo郡の2つの自転車クラブとそれより南のKampong Tralach郡の2つの自転車クラブです。

TRAPAING CHAN中学校

1つ目はTRAPAING CHAN中学校です。昨年設立された自転車修理クラブ。去年は安田は渡航できませんでしたので行くのは初めてです。

パーツが補給されてまた修理ができるとうれしそうな生徒たち。

ありがとうメッセージビデオの撮影です。動画はご支援者にUSBメモリでご提供。そのためこちらでの掲載はできませんのであしからずご了承ください。

ROVIENG CHUM中学校

2校目はROVIENG CHUM中学校です。こちらも同様に去年設立されました自転車修理クラブです。

ありがとうメッセージビデオの撮影。何度も練習するのですが、その練習風景も全部撮っています(*^-^*)

そしてパーツが補給されてうれしそうな子どもたち。

CHEA SIM中学校

次はKampong Tralach 郡 に移動してきました。CHEA SIM中学校へのパーツ補給です。こちらの学校では2017年に自転車クラブが設立されました。もうパーツ補給も5回目となります。

子どもたちもたくさん集まってくれました。

ありがとうメッセージビデオの撮影です。正面からビデオ撮影しているので安田は横から失礼して様子を撮ってみました。

CHIBACHROY中学校

そして同じくKampong Tralach郡のCHIBACHROY中学校。こちらはカンボジア自転車プロジェクトの初年度2016年に設立された自転車修理クラブです。

ん?プレートの枚数が足りないような・・・「きちんと探しといてね」とお願いしておきました。

パーツが補給されてまた修理できます。復活する自転車もたくさん。みんな自転車修理しながらがんばって通学してね!!!

パーツの補給の合間に奨学生を訪問

今日の大切な行程の1つに「安田の奨学生の訪問」があります。カンボジア自転車プロジェクトは大事なライフワークですが、その一方で協力してくれているNGO民際センターが実施しているダルニー奨学金での支援も継続しています。その奨学生に会いにきたわけです。今日は二人の奨学生に会うことができました。

ニエン・スレイ・フォスちゃん

「船のるよ」

この一言に「えっ?」となったのですが、これから訪問する奨学生は毎日渡し舟にのって3時間ほどかけて通学しているという子なのだとか。朝の学校は7時に始まる(教室の少ない学校は午前・午後の2部制で午前も始まるのが早いのです)ので朝4時に起きているのだとか・・・ちなみに渡し舟は年間15ドルです。

こちらがフェリーでくつろぐキャラバン隊。左からマブさん、チャンディさん、コンポンチュナン州の教育長さん、本日の撮影担当のヴィリャックさんです。

そしてご対面。

事前にチャンディさんに家庭環境は教えてもらっていました。14歳の中学生(うちの娘と同い年)。5年前に両親が離婚。そしてなんと、両親とも再婚して、この子とお姉さんの二人を残してどっかに行ってしまったとのこと。生活していけないのでお姉さんは学校を辞めて首都プノンペンの工場で働いています。そして月に20ドルほど生活費を送ってくれるとのこと。お姉さんはプノンペンに出稼ぎに行っているのでこの14歳中学生は一人で暮らしています。1日1ドル足らずの生活費で。お姉さんは年に2回しか帰ってこないそうです。
メールでそのことを知ったとき、『将来、「中学のめっちゃしんどかったとき、日本の安田ってオッサンと知り合うことができてラッキーでした」と振り返ってもらえるようにしっかり支え続けます。』と誓ったのです。
境遇は知っていたといえ、目の前にいる奨学生の顔を見るともう涙こらえるのが大変でした。安田が泣いても何も状況は変わらないので絶対泣きませんけど。
完全に一人なのかと心配していたのですが近くにおばあちゃんが住んでいてサポートはしてもらっているとのこと。中学生活は楽しくって国語と数学が得意なんだとか。そして成績は同学年56人中3位。将来は学校の先生になりたいのだとか。「勉強を続けたいのならずっと支援し続けるから、勉強頑張ってね。やめないでね。安田は仕事がんばって稼ぐから。」とお伝えしました。

そうそう、この娘は民際センターが行っている自転車支援で自転車をもらったそうです。渡し舟の船着き場までの距離も結構遠かったですし、対岸から学校までもかなりの距離がありましたから自転車が無くては通学時間は3時間でも足りないぐらいです。

ちなみにこの子は去年中学1年から支援していた奨学生から変わっての支援が始まったのんです。その変わった理由もすさまじいものでした。チャンディさんからメールで「支援している学生が家庭の事情で働くことになったので学校を辞めた」との知らせを受けたんです。8月の洪水でひどい被害を受けたエリアに住む中学1年生の子でした。

こんな子どもたちはこの国にには山のようにいるんだと思います。

FMいずみおおつの番組に電話生出演

訪問のあと、日本時間の18時(カンボジアの16時)からラジオ生出演しました。FMいずみおおつさんの番組「毎日が果曜日」(18時から18時55分)にてカンボジアから生電話でお話することになったのです。
https://fmizumiotsu.jp
インターネットのつながりが心配でしたが、電波の状況がよくLINE通話でお話しすることができたんです!!色々な人から「聴いたよ!」ってメッセージがきました。とってもうれしかったです。今回のカンボジア訪問記は動画にしろラジオにしろ、「リアルタイム」がキーワードになっています。

リンナちゃん

二人目の訪問はリンナちゃん。正確に言うと彼女は「奨学金で支援していた」と言った方が正確です。2015年の中学1年生から2021年までの高校卒業するまでずっと支援しました。

ちなみに中学1年生のころの彼女の写真がこちら。右から2人目の女の子。このときは一回も笑いませんでした。

当時12歳だった少女は19歳のレディになりました。彼女は看護師になりたいという夢を抱いて中学で勉強をがんばりました。高校でも勉強をがんばりました。看護師の学校に行くための奨学金も成績優秀でパスできそうでした。でも、家庭の事情で断念しました。

「いつかこの子は夢をあきらめるときがくる」

7年前、別の子を訪問したときにチャンディさんが言い放ったこの一言が頭をグルグルめぐります。でも彼女は進学をあきらめたとき(去年の話です)、「いつか進学できるように働きながらお金貯めます」と言っていました。でも、「奨学金パスしそうだったんでしょ。ダメでも安田がサポートするって言ったやん。お金や学力が理由じゃないやん!」と思っています。彼女には言わないけど。

せっかくの3年ぶりの再会。そんな彼女を悲しませたり苦しませたりするようなことは一切言いません。終始楽しく。まずは「高校卒業おめでとう!!仕事がんばってる??」からスタート。

彼女、今は衣料関係の工場で働いています。月給は200ドルほど。ちなみにカンボジア政府は2023年の最低賃金を200ドルに定めました。※2022年は194ドル
だから最低賃金に近い収入となります。ただ、安田はこれを肯定的にとらえています。最低賃金なんか守られていない国なんです。農業従事者や日雇労働者は仕事が安定せず最賃なんかよりもっともっと安い賃金で働いています。彼女は高校を卒業し工場勤務という安定した仕事を得て2022年の最賃以上の収入を得ているわけです。彼女の家庭の貧困度合いはそれはすさまじく、2015年に訪問したときに「あなたの家庭が村の中で一番貧乏です」という村役場からのお墨付き(これがあると病院などが無料になる)を見せてもらったことがあります。

がんばって働いて貧困脱出。カンボジアの子供たちは皆、「貧乏だから金をくれ」とは言いません。「貧乏から抜け出すチャンスがほしい」と言います。彼女は看護師の夢は横においた状態ですが、貧困脱出のきっかけとなるチャンスをきっちりつかみ、努力し、そして自ら切り開いたと思っています。そんなことを思っているとまた涙腺が崩壊しそうに・・・泣きませんけど・・・安田の涙は1円にもなりませんから。

そうそう、彼女。念願のスマホをゲットしていました。51歳のオッサンが19歳のレディに「SNSでつながりませんか?」と申し出。リンナちゃん、本当にごめんなさい。あの環境では断れないよね。あとでブロックしてもいいからね(^^; 
というわけでSNSでつながることができました。

そして彼女にメッセージを伝えました。
「もし、何か困ったことがあったら、EDFのチャンディさんでも安田でもいいから必ず連絡ください。力になります。そのために仕事がんばります!」と。

看護師の夢の話は一切しませんでした。

夢なんか実現しなくってもいい。
夢なんか何回変わってもいい。
夢なんか無くってもいい。
とにかく幸せになってください。

会ってすぐ、挨拶を済ませたときに彼女は「中学高校とサポートしてくれてありがとうございました。進学できなくてごめんなさい(チャンディさん通訳)」といいました。あなたは謝ることなんて一つもしていない。ずっと貧困のなかでがんばってきたあなたにずっと勇気と元気をもらい続けていました。お礼を言うのはこちらのほうです。

そういえば、彼女、今日のために仕事を1日休んでくれたそうです。安田のせいでお給料減っちゃいますね。(有給休暇とかあるのかどうか知りません・・・)ごめんなさい。そして持参したポチ袋を渡しました。クリスマスプレゼントかお年玉みたいなもんでしょうか。もう前みたいに食べ物とかのプレゼントはいりません。一番使い勝手のいいものを渡しました。何かの足しになればと思います。

彼女は終始笑顔でした。その笑顔があればこれからも幸せにやっていけるのではないかと信じています。彼女の将来に1つでもたくさんの楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことが訪れることを願っています。

さぁ、帰ってブログ書こう!!

ホテルに到着したのは夜8時。明日も朝6時集合です。部屋に戻ってブログ書こう・・・と思っていたらホテルの前でジョンが「お帰り!!」と声をかけてくれました。

・・・行く?

・・・行こか

という、ことになったのでした。

今日はとっても濃い時間を過ごしました。先週の15日にあった高校2年生になる奨学生。今日会った中学2年生になる奨学生。そして社会人2年目となる元奨学生。全員に会えてよかったです。色々な意味で胸がいっぱいです。

さぁシャワー浴びて寝ます。洗濯は・・・明日。おやすなさい。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

※いま、カンボジア時間で11時42分・・・ブログ書くのに2時間42分。ちょっと長かったか・・・(^^;

 


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